淵に潮
※正しくは「淵に塩」です。
あの時、最期に見たの悲痛な面持ちとはまるで違う今の明るい横顔につい胸が苦しくなった。
「潮江、お前は泣くなよ」
誰が泣くんだ、バカタレ。
言いかけたが喉に声が張り付いたようで空気に乗せられず、見え透いた抵抗とばかりに舌打ちをした。
……そう言えば、最期の時もそうだった。腹からせりあげる自分の血で呼吸もままならず、最期の力を振り絞って奴に文を渡したのだ。
あの時とは違う苦しさで喉が締め付けられるようだった。
「俺はどっちでもいいんだ。お前が思い出そうとなかろうと」
「……」
「ただもし思い出したのなら俺達を殴り飛ばしてほしい」
「えぇ……お前らそういうの趣味なの?」
「いや。それくらいの事をされるべきという意味だ」
「ふぅん」
俺の話には興味なさげに手元の缶を遠くへ放り投げる。咎めようと口を開いたのと同時に缶は甲高い音を立てゴミ箱の中に吸い込まれた。
「やった、入った!」
お前もやってみろと挑発され残っていた甘酒を飲み干してから狙いを定めた。缶は縁に当たったもののなんとか収まった。
「縁に当ててやんの」
「入れば同じだ」
「私の勝ちだな。もう一本奢ってくれ」
「バカタレ。そういうのは始まる前に言わねぇと無効だ」
「ハハァ、言われると思った」
「全く。昔からお前には敵わねぇ」
急に笑い声は止みその場が静まってしまう。
言うべきではなかったかと前髪の影からを盗み見ると公園の遠く、先程から風にのって届くはしゃぎ声の持ち主たちを見つめていた。
「──その、お前らの見ている“”は強かったんだろうなぁ……」
俺に向けて言ったのではないように、ポツンとこぼした言葉に鞭で打たれたような思いがした。
俺たちはこの期に及んでまだこいつを傷付けてるんじゃねぇか?
一度疑問を持てば答えなんか待ちわびていたようにすんなりとでてきた。
『それを思い出して、この17年間の自分を捨てるようなことになったらと思うと───』
俺たちの誰が今のこいつを見ている?
『今のあいつもじゃないか。細かいことは気にするな!』
この間小平太がそう言っていた。
今になってあいつの言葉の真意を知る。
過去に捕らわれて過去の続きをする俺らに、何も記憶のないこいつを巻き込むのはあまりに酷だ。
「……、そういや、さっき言ってた変な鳴き声の犬ってのはどこにいんだ。……」
「……ごめん、気を遣わせたな。気にしないで。もう帰ろう」
気を使っているのはお前の方だろう。
辛気くさい俺たちを笑わせようと率先して作るこの笑顔はもう何度も見てきた。それこそ昔から。なのにいまだにそれをさせているのもまた俺たちだった。
「、すまない。俺たちは馬鹿なんだ」
「ん?」
「馬鹿で身勝手なだけだから、お前は俺たちに合わせる必要はないんだぞ」
俺たちの身勝手で悲しい顔させてるんなら、それは伊作の望む罪滅ぼしとは程遠いじゃないか。
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