12
歩くペースは少しずつ早くなる。
空気を読むとか、人の表情を汲み取るとかが苦手な私でもわかる。
私は食満を傷つけた。
何をした?何を言ったっけ?傷つようと思って言葉を発したつもりはないのに。食満が顔を歪め口を結ぶのをみて、ざまあみろと、思ってしまった。
(最低だ……最低な気分だ……)
心当たりのない感情が煮立ったお湯の泡のようにグツグツと沸き上がり、分析もできないままパチンと消えてしまう。煮え立つお湯を前に今まで見ないふりしてきたものが突き付けられる。
(私は、何か大きな事を忘れてる)
ローファーの踵がうるさくなると同時に周りの音声が聞こえなくなって、早く落ち着かなければと思うと足は走り出していた。
「危ねぇな」
「!?」
右腕がくんと引かれ片足を踏み出した後の体勢はバランスを崩して後ろに倒れ───
「ありがとう、潮江くん」
倒れなかった。目の前を車が走っていく音がしてやっと引っ張られたのだと気づく。周りの様子なんか一切入ってこなかったから危なかった。
「潮江でいい」
「分かった。ありがとう潮江」
「わざわざ言い直さなくても……」
ガシガシと痛んだ髪をかいて眉を潜めるその顔になんだか少し笑えた。懐かしいものを見たように暖かい気持ちになるのだがやはり何故かは分からない。
「おい」
「何?」
「……どうした。目腫れてるぞ」
言われて気付く、何て事本当にあるんだ。もう半ば渇いているけど頬が少し濡れていることに気付いた。
「なんでもないよ。この季節は秋花粉がひどいから」
「花粉、な」
そういうことにしといてやろうと言いたげな目で一瞥し、ずっと掴んだままだった私の腕を解放した。わりと力強く掴まれていたようで細くなっていた血の流れがドクドクと動き出す感覚がする。
「なぁ、時間あるか」
「あるけど」
「ならいい。『折角の再会なんだ。話をしよう』」
「再会って、二ヶ月も経ってないじゃないか」
大袈裟だな、と笑って見せた。やつは少し目を見開いて、その後僅かながらに微笑んだ。
***
座って待ってろというので公園のベンチに座り豆粒のように小さくなる潮江を見つめている。この公園は前に七松と来たところだけれど、あの頃と比べるとだいぶ秋の色が濃くなった。水鉄砲を持って遊んでいた子供達は今じゃ木の枝と枯れ葉で忍者ごっこをして遊んでいる。楽しげな様子に引き寄せられたのか、私も足元に転がった来た枯れ葉を踏んでみた。クシャリと乾いた音がくせになる。
「待たせたな」
「暖かい飲み物だ」
「11月も、外でじっとしているには寒い季節だもんな。自販機の半分を占めてたぜ」
「それにしても、甘酒とは斬新だな」
「好きだったろ」
「まぁ、そうだけど」
そんな事こいつに話したっけ。プルタブを開け中から溢れる甘酒の匂いを嗅いだらそんなことはどうでもよくなった。
いつの間にか冷たくなる風を浴びて悴んだ手がチリチリする。
「こっちの学校には慣れたか」
「どうだろう。向こうとは勝手が違うところが多いし、それに───」
「それに?」
「いや、何でもない」
色々と不思議な体験をしているんだよ。現在進行形で。何故と言われると答えられないけど、なんとなくこいつら六人には関わらないようにしようと思って避けてきたのに。さっきの食満といい潮江といい、今日は久々に厄日だなぁ。
「色々言いたいことがあるんじゃないのか」
「うん?」
「俺は中学にあがる頃だ。急に変な夢ばかり見るようになった」
一心不乱に槍の稽古に励む夢、級友と山を駆け鍛練に励む夢、後輩たちと夜が更けるまで算盤を叩き戦にそなえたこと。
いきなり何の話をするのかと思ったが、存外こいつの話は面白く聞き入ってしまう。
「お前も経験あるんじゃないか?」
「……おかしな夢どころか、最近じゃまともに眠れなくてね」
「俺が見た──おそらくお前も見てるこの忘れねぇ夢は前世の記憶ってやつだ」
これには流石に吹き出した。「前世」?この男は真面目な顔をして何を言っているんだろう?さっきの食満と言い潮江といい、白けるドッキリなら付き合う気はない。既に手を温めてはいない赤い缶に力がこもる。ベンチから立ち上がって帰ってしまうべきなのに、なんとなく動けなかった。
「薄々勘づいてるんだろ。お前」
ぬるい甘酒が喉をゆっくりと伝う。
「転校してきた時と雰囲気が違うぞ」
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