痛手を食らう

「あぁ、伊作、教室まで迎えに来たのにいないから……なるほど、じゃあそっちに……え?いや何でもねぇ……、てお見通しか。分かった。教室で待ってる」

画面に映る赤い受話器マークを押し肩を落とす。平常心を装うことも出来なくなったなんて、俺の前身に怒鳴られても仕方ないな。


いつも通り放課後になったから伊作の教室へ行った。本当にそれだけだったんだ。教室には何人かの生徒が残っているもののそこに伊作はいないが、代わりにが机に突っ伏していた。

「なぁ

席が近いから何か知ってるかも、というのはむしろ声をかけるための理由付けだったのかもしれない。一度、きちんと話す機会が持てたらと思っていた。それが今日だったんだ。
わざとらしく前の席の椅子をひいて音を立ての前に勝手に座る。その音にはピクリとも反応せず気持ち良さそうな寝息が聞こえる。

「おい、起きろよ」

もう放課後だ。先ほどまで教室で日誌をつけていた日直もスマホを囲んでしゃべっていたやつらももう帰路についたらしい。このまま寝かせておくわけにはいかないからと何度か声をかけてみるが、一向に反応しない。

「……お前が人に寝顔を見せるとはな」

勿論この時代には寝ている隙に殺される心配もいつ戦が起こるかなんて緊張もない。記憶を取り戻した時はあれから随分住みやすい国になったと涙がでるほど
に喜んだ。きっと後輩たちも、どこかで腹抱えて笑って、好きなだけうまいもん食って暮らしてるはず。そうでなきゃ、だめだろう。


「おい、おい。起きろ」
「……ん、」

あの時の、夕日を背に浴びて黒髪を赤く染めたあいつは、まさに“あの頃の”の顔だったんだ。懐かしさから目が離せなかった。


「……留三郎、後輩からの贈り物はまだ持ってるか?」

その言葉の意味を咀嚼するのに、時間がかかった。だって仕方ないだろ?が纏った雰囲気も、人の心を見透かすような深い色の瞳もその話し方も、あの頃のままで


「………、お前───」

記憶が戻ったのかと、歓声をあげようとした時だ。傍から見ても分かる空気の変わりように言葉を詰まらせた。

「……あれ?いや、寝惚けていたんだ。何でもない」
「……」

ぬか喜び、はとぼけた顔をして不器用に笑った。自分に起きたことが分かってない様子で俺を見つめ、少し声の音量をあげて「変な夢だったなぁ」とまた笑った。笑い返さなきゃと、俺も真似して笑えてただろうか。

「どんな夢だったか、話してくれないか」

俺の声が上ずっていた。そこまではしっかり覚えている。



「凄く、嬉しかったんだよなぁ」

後輩達が俺なんかのために金や時間を割いてくれたこと。
あの時の俺の遺品だ。当然今は持っていないがどんな柄で形だったのかは今でもはっきり覚えている。

「はっきり覚えてる」

何よりが俺たちには見せない優しい顔をしていたから。
卒業して、子供と関わる仕事をすればいい。生きてほしいと伊作の案に乗った。自分の意思でだ。


あれから伊作がきて俺の肩を叩くまでのことがよく思い出せない。
気付いたらは帰っていた。丁寧に椅子はしまわれていて、俺はそんな空席の方をぼんやりと見つめていたらしい。


『大した内容じゃなかったのかも』

「俺にとってはすごく大切な思い出なのになぁ……」
「留三郎、すまない」
「は?何でお前が謝るんだよ」

伊作は俺なんかよりも余程心情に素直な顔をしていた。俺だって泣きたいさ。

「今になって思ったんだ。彼女を繋ぎ止める約束なら他にも合ったんじゃないかって」
「……」

そうだろうか。
いつでも首を吊る縄を手放さないようなあいつをつなぎとめるのは並大抵の説得じゃ難しかったと思う。あいつにしかできない、俺たちのためのこと。この二つが条件となれば、「あいつに俺たちを殺させる」これしか思い浮かばなかった。

「それに、結果論になるがあれは俺たちの誤算だ。まさか本当に、それもあんなに早く約束を実行してしまうことになるなんて」

今思うとあまりにも運命的に思えてその滑稽さに笑えてさえくる。ろくな連絡手段もないあの時代に何故俺たちはあんなに様々な者と再会してしまったのだろう。

「あいつは、一人でどんな最期を迎えたんだろうな」

ふと零れた言葉に伊作は返事をしてくれなかった。



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