香り立つ秋



「生まれた時から私の右手、うまく握ることができないんだよね」

自覚しているだけでも数秒間、頭が真っ白になり呼吸の仕方を忘れていた。
右手、右手。
───意図せず数百年前の記憶が頭の中を駆け回り、見たいとは思わない自分の最期が写真のようにくっきりと写る。まるで呪いのようだ───
私の最期は、あぁそうだった。怒りや悲しみ、諦めや憂鬱。抑えきれない様々な感情を顔に浮かべてそれでもその細い右手に持つ小刀を私の首へ伸ばしてくれた。
右手が使えないというのが彼女にとっての因果応報なのだとしたら、あの時から“来世”へと期待を抱いていた彼女にはあまりに残酷であり、私たちはどれほど罪深いか。

「どうしたのさ、みんな黙っちゃって」

不思議がる本人の声にはっとするのは私だけではなかった。こうもたやすく動揺を見抜かれてしまうとは昔の自分が見たら落胆するに違いない。

「──いや、何でもない。片手が使えないというのは不便だろうと思ってな」
「そうでもないよ、普通に動かせるし、ただ丁度黒板消しくらいの物を握ると震えて力が入らなくなっちゃうだけ」

先天的なものだと笑っていた。私たちは誰一人笑えないものと思っていたが小平太は違うらしい。

「そうなのか!なら私がリハビリでも付き合ってやろうか!」
「私?自分のこと私って言ってるの?もしかして」
「ん?あぁ間違えた!おれだおれ!」
「七松は愉快な人だね。入学前に会ったときは怪しい奴だと思って投げ飛ばしちゃったけど」
「細かいことは気にするな!」

改めて観察してみると、内面に関しては見た目ほど昔と同じというわけではないようだ。話し方も表情もあの頃よりも柔らかく、現代に生きる女性そのものだ。


「どうしたの立花」
「仙蔵だ、仙蔵と呼んでくれ」

前もそうだったじゃないか。言葉がこぼれる前に喉でくっと押さえる。目の前の本人はらしくもない愛想笑いを浮かべて否と言う。

「会ったばっかで親しくもないのに名前呼びって、この年齢になると抵抗あるよ」
「……」

分かってる、本人にその気はない。覚えていないから、傷付ける気も嫌みを言う気はないのだと分かっている。
だからこそ腹立たしいし、文次郎の咳払いに諌められなければ理不尽に怒りを露にしていたかもしれない。

「……そういう、ものか。なら早く親しくなれるといいな」
「やばい。もしかしてそれって口説いてる?」

彼女曰く「いい男だがタイプではないからゴメン」と勘違いをされた上に拒まれた。後ろで笑っている文次郎と留三郎には後でサンドバッグになってもらう。

「わた……俺は見立てがいいからな。お前のようなやつは選ばない」
「えぇ、こんなこと言ってるよ、ひどいよなぁ善法寺?」
「えっ!?あぁそうだね。僕はだって十分綺麗だと思うけど……」
「私も今のも好きだぞ!」
「ほらぁ、見る目ある二人はこんなこと言ってるけど?センスない男はモテないよ?どうする、立花」


『どうする、仙蔵』


突然フラッシュバックするなんてことのない憧憬。
あぁ、この女が何か口にする度にこうも容易く心に刃物を突つけられるのか。何も知らずに笑うが、腹立たしいのに、すがりたくなる。

「問題ない、私は完璧だからな」
「……あれ」
「どうしたんだい、

「今の、どっかで聞いたことある」



「……どこで聞いたのか、よく思い出してみろ」

その言葉にすがることは、許されるだろうか。



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