05



私にはまじないの言葉があった。

「どうする、■■」

そう唱えるだけでその人が今すべき最善の動きを導いてくれるのだ。私はその言葉を鵜呑みにするほど信頼を寄せていたし、実際、その人物の答えが間違っていることはなかったと思う。
暗闇に浮かぶ白い指がフッと流れるように振られるのを合図に私とその仲間は木から飛び降り奇襲をかける。もちろん■■も後ろに続いている。
だからだろうか、こんな状況でも心は落ち着いていてただ目の前に立ち塞がる草木を掻っ切って進むのだ。


「良かった。思いの外早く終わったよ」
「■■の戦術のお陰だね」
「まったく、私がいなかったらどうするつもりだったんだ」
「普通に裏口探して突っ込もうかと。見つかっても騒がれる前にその場で仕留めれば問題ないだろう?」

実際、それが可能である確証はあった。過信ではなく自分の■としての実力は周りより一つ飛び抜けていた。

───だからあのような役回りを背負わされたのだと、気付くにはあまりにも遅すぎたのだが───

「まったく、少しは頭を使え」
「私が頭を捻って考えるよりおまえの作戦の方がうまく行くからね」
「当然だろう。私の案は完璧だからな」
「頼もしいな、■■ぞ■」



「───……ッ!」

「いたいッ!」
「転校してきて2週間目で堂々と睡眠を貪るとは、かなり肝の据わった奴だなお前は」
「先生、人の頭を叩くのに国語の教科書は分厚すぎませんか……」
「やかましい!」
「いたいッ!」

先生の愛のある起こし方によって頭はすっかり目覚めた。クラスメイト達がくすくすと笑いながらこちらを見ているのを見て授業中だったことを思い出す。
なんだか、忘れたくない夢を見た。……気がする。
なんとなく振り返ったその先にいる善法寺と指し示したように目があった。


「さっきは散々だったね」
「うん、お陰で頭がじんじんする」
「ところで、今日の放課後空いてる?」
「今日?うん、何も予定ないから平気だけど」
「よかった。紹介したい人たちがいるんだ」

笑うときにコテンと首をかしげるのは彼の癖らしい。前に「わざとやってんの」と聞いたら「何のこと?」と言われまたしてもコテンと首をかしげられた。

「あ、もしかして床にこぼしたコーラを一緒に掃除してくれた人もいる?」
「あぁいるよ」
「良かった。改めてお礼しなきゃ」

あの日、結果的に逃げ出した私の代わりに床を掃除したのは善法寺だけでなくもう一人いたらしい。巻き込んでしまって悪いことをしたと言ったら「巻き込まれるのには慣れてるから大丈夫」だと言っていたがお前が言うのか善法寺。不運に巻き込まれる可哀想な人、もとい、床掃除をしてくれた親切な人に会うのを楽しみに午後の授業は眠気と戦った。


   ***

「ここだよ!」

廊下で遭遇とか教室に顔を覗きに来るとかその程度だと思っていたら意外にも部屋一つとっていたらしい。移動教室で使われる棟は人気も少なく、部屋も教師から許可をとれば誰でも好きに使えるらしい。なんだか自由な校風だ。

「みんな、連れてきたよ。彼女が今のだ」
今の、とはどういう意味だ。問いただそうと顔をあげた先、真っ先に見つけたのは──

「女装少年」
「実際に女装してたみたいな言い方はよせ」

職員室への案内ではお世話になりました。冷静になって見渡すと入学前に私の名前を連呼してきたクレイジー少年とその友人もいる。五人のうち三人が顔見知りとは世間は狭いにもほどがあるだろう。


「じゃあ、改めて紹介するよ」

左から順に、つまり女装(が完璧そうな)少年から紹介され、一番最後に紹介された人がコーラを片付けてくれた人らしい。

「ほう、君のは貰い風邪ならぬもらい不運だね?」
「巻き込まれ不運、だ」
「ん?何か違うの?ニュアンス?」
「というより、俺たちは昔から、そう呼んでるんだ」

「ふぅん」不運だけに、なんちって。なんてボケればこのやけに神妙な空気も破れるだろうか。


「……とにかく、ようこそ大川高校へ」

一番背が高くて寡黙そうな、名前は確か中在家が握手を求めて右手を差し出してきた。
私は握手に答えるべく、左手をだす。
一瞬間は空いたものの向こうが左手に変えてくれたため握手は成立。

中在家の半歩後ろに立つ男子が不思議そうな顔を浮かべているのは見なくてもわかる。あまり言いたくないんだけど、と前置きを置いて説明をする。

「生まれた時から私の右手、うまく握ることができないんだよね」



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