善人のフリだとしても

です。こんな時期に転校してきたこともあり色々と不安ですが、少しでも早く馴染めたらと思います」

彼女は、あの頃の記憶を色濃く思い出させるほどにくノ一のだった。下ろしてある髪を高く結いさえすれば、それはもう、僕を、僕らを殺した彼女の姿になってしまう。
泣きそうだ。
左手で黒板に書いた彼女の名前、緊張でわずかに震える声、臆せずクラス全員を見渡す澄んだ瞳。
クラスメイト達が明るい様子で彼女の自己紹介を聞いているなか、僕だけが涙を溢すまいと必死に堪えている。

「じゃあ席は窓側の後ろから二番目。あそこなら班員が5人だったし問題ないだろ」

指差された僕の斜め前の席。日頃不運な目に見舞われる僕に訪れた幸運だろうか。

「よろしく」

周囲の人に声をかけて歩く彼女は僕にも例外なく声をかけ、動揺を隠しながら「こちらこそ」と返事をした。

朝のSHRが終わると、クラスの女子は転校生の元に集まるかと思いきやそんなことはなかった。一時間目が移動教室ということもあるが、やっぱり既にできた輪の中に新しい子をいれるのには多少なりとも抵抗があるのだろうか。
僕にとっては正直都合がいい。ばくばくとうるさい心臓の音が聞こえてないといいけれど。

…じゃなくて、さん!僕善法寺伊作、よろしくね」
「……はぁ、よろしく」

真っ先に話しかけた相手が男だったからか、目を丸くしていた。


   ***

移動教室の帰りに、そのまま学校案内をするという幸運を掴んだ僕はその後散々な目に遭い、今こうして彼女から哀れみの目を向けられている。

「負のピタゴラスイッチだったね」
「本当だよ……」

まさか自販機の前で小銭をぶちまけ、なんとか拾い集め200mlの水を買おうとボタンを押したら、業者さんが補充する場所を間違えたのかコカ・コーラが出てきてしまった。

「僕っていつも不運な目に合うんだよ」
「不運か、なんともご愁傷さまだこと…」
「不運は慣れっこだけど、コーラはあまり好きじゃないなぁ。体に毒だし」
「ど、く……?」
「うん。元々は薬の失敗作から───」

『伊作」

人の少ない廊下に、ペットボトルの落ちる鈍い音が響いて、それからコポコポと中身の溢れる音がする。
拾わなきゃ、そうは思っても不思議と体は動かなかった。握られた右腕から凍ってしまったとさえ思うほど、二人とも相手の顔を見て動かない。

「───…あぁ!ごめんなさい善法寺、制服がびしょ濡れに……っ」
「いや、いいんだ。気にしないで」
「気にするよ!」

拭くためのものを取りに行くらしい彼女の腕を、今度は僕が掴む番だ。

「待って」

突然引っ張られた驚きからか、それとも。
ともかくその顔は驚きとも不安とも取れる表情を浮かべている。

「どうしてさっき、僕がペットボトルを口にするのを止めたの」
「そ、れは……」

僅かに震える腕は、僕のものだろうか。濡れた制服の不快な冷たさもすれ違う生徒の奇怪な目も、今君を逃がしてしまうよりずっといい。

「分からない。分からないよ、自分でも……」
「分からないの?」
「だから、謝ってるでしょ……っ」

勘違いさせてしまった。僕は怒って追求したわけじゃないんだ。君が、君がもしかしたらあの時のことを思い出したんじゃないかって、そう思っただけなんだ。
逃げるように走っていく後ろ姿にしか言いたいことが言えないなんて。


僕は大昔から彼女を悲しませることしかできないなんて。



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