真意は文にしたためて
半忍半農、というのは本当だろうか。
思い返せば、俺は学園の頃から時間が足りないと思うことが多かった。
予算会議前の帳簿決算や会計忍法帳の編纂。鍛練に割く時間。このまま時が止まればいいと思う事は数あれど、今ほど強くそれを願った日はない。
あいつらは、留三郎は、皆、心残りなく送ってやってくれたんだろうか。お前の心はあとどのくらい正気を保っていられるのだろうか。
俺たちはお前にこんな役目を負わせてまで、「生かす」必要があっただろうか。
「ふんッ」
数打った手裏剣はあくまで目眩ましだ。こんなもんで死ぬ奴があいつらを黄泉に送れる筈がない。十分に打った手裏剣に乗じて、左下から死角を狙い袋槍を突き上げた。それでも奴の右手は一個の生命体のようにぬるりと動き手に仕込んだ手甲で袋槍がいなされる。
殺す勢いでぶつけた得意武器も、今はただの囮に過ぎない。左側の袋槍に気をとられているうちに、右腕に仕込んだ袖箭を打つ───
「…、……ッ」
もう聞きなれてしまった音がする。肉を裂き血を落とすこの音は、どうもすぐ近くで起きているらしい。あぁそういえば、先程から腹が熱いな。
「……わざと避けなかっただろ、文次郎」
「いや、気付かなかった」
本当に。自分の腕を過信していたのも否定できない事実だが、こうも鮮やかな技では、気付くことは難しい。
半忍半農というのは、とんだ冗談だ。在学時から何も変わらない実力差。悔しさを越えて懐かしみすら感じてしまう。
「……っ」
左の脇腹から溢れる濃い赤は、苦無を通じての白い肌を赤黒く染める。本能的にその手を汚い赤に染めまいと体から離すも、支えを無くして体はずるりと傾いた。
「……お人好しめ」
倒れそうになる体は、柔らかで、暖かい何者かに支えられる。お前の方からこんな間合いに入ってくるとはな。だらりと下がった俺の右手が奴の薄い脇腹に触れる。袖に、まだ暗器は隠してあっただろうか。
口の中に溜まる溢れんばかりの血が喉に張り付いて、ろくに声も出なければ呼吸もできない。それでも、そうだな今ならまだ間に合う───
「……、こ、れを…」
懐から出すのは、武器じゃない。血の海に沈むのは俺一人でいい。
言葉は耳を塞ぎたくなる情けない音に変わりながらも、その手はしっかりと文を握り、精一杯の力で押し付ける。
「文、次郎……」
お前まで逝ってしまうのかと、聞きたくなかった弱音が聞こえる。「泣くなバカタレ」と、声は届いただろうか。
「……文、次郎……お前まで逝ってしまうのか……」
言ってから、口を塞ぐのが遅すぎた。零れた言葉は文次郎の耳に届いてしまって、見たことないような優しい笑顔を浮かべて文次郎は最期に
「すまん」
と、確かにそう言った。
この文を開けたのは、俺かお前か。
重要な任務として請け負い、長年、様々なものを犠牲にしてお前を探してきた。下された任務は全力で取り組むが、それでも今この文はお前の手にあることを願う。決して口にはしない、本当の思いだ。
お前には酷な事をさせてると思っている。だからこそ俺の手でお前を送ってやりたいという思いも本物だ。
もしもお前が俺に破れた時は、安心しろ。お前が果たし損ねた約束は俺が引き継ぐ。
だがもしお前が生き残ったら、心苦しいが、最後の一人をよろしく頼む。留三郎同様、生かしておくのが可哀想な奴なんだ。
前│次
-戻る-