にとって大失敗だったのは、あの日の個人ランク戦について他言無用と釘を刺さなかったことだ。
特に口の軽い米屋によって三輪隊メンバーに知れ渡り、研究したいと言った古寺がロビーでログを再生していたのを佐鳥が見つけ大袈裟に驚き、何だ何だと集まった16歳組の一部に知れ渡り、あっという間に米屋の敗北と顔も知らない強い女性の存在が知れ渡ってしまう。寺島がこっそりログの閲覧をロックした時にはもうすでに“謎の女性”の捜索が始まっていた。
「
さんが戻ってきたなんて知らなかったー!」
「何か理由があって顔を出さなかったのかもしれないでしょ」
16歳組の中で佐鳥と時枝だけが訳知り顔をしているのが気になったのか、別役太一がむうと口を尖らせて指をつき出す。
「知ってることを話してもらおうか!」
と芝居口調で声を張り上げながら。
「話すもなにも、おれたちより少し前にボーダーに入った先輩だよ」
「そうなんだ」
あっさりとした回答にさっきまでの熱意もじゅっと消えさり、太一は誰かの持ち寄った菓子を口に運ぶ。
興味ないと消えた菊地原とそれについていく歌川、元々不在だった天羽を除いた面々が揃っている中で、
について最も詳しいはずの二人が何も言わないならばと、烏丸も口をつぐんでいる。
「やはり米屋先輩を打ち負かすくらいだから相当強いんだろうね。おれもスナイパーじゃなかったら一戦お願いしたかったな」
「いやぁ相手にならないだろうけどね~」
「……佐鳥、随分辛口なんだな」
意外な言葉に反応したのはダルそうに話を聞いていた半崎だ。机になついていた体を持ち上げて興味ありげに佐鳥を見る。
「うちの隊からザキさんが抜けて暫くは
さんに入ってもらったりした事あるけどさ」
ここで佐鳥の目線は時枝に向けられる。意見の同調を促された時枝も佐鳥の言葉にこくりと頷いて言葉を続けた。
「今はどうかわからないけど、当時はオレたち三人がかりで挑んでも勝てなかっただろうね」
「!」
「勿論、嵐山さんが3対1なんて戦いを受けるわけないからやったわけじゃないんだけどさ」
佐鳥の発言はただでさえ高い彼女への興味をより一層引き立ててしまった。 それに気付いた時枝と烏丸が自慢気に
について語る佐鳥を止めたときには、もう時既に遅し。
ロビーより少し離れたところにいる菊地原の耳にも、すっかり届いていた。
***
「あんたが
?」
「いえ、違いますけど」
「そこまで表情を変えず嘘をつけるのはすごいけど、心音でバレてるよ」
「……サイドエフェクト?」
だからボーダー内の食堂で食べたくなかったんだ、心のうちで舌打ちをしても目の前にいる髪の長い少年は
を見下ろしたまま消えはしない。
今日
が金欠で、食堂の先着20名限定300円ランチのラスイチにありつけるなんて幸運がなければこの接触もなかっただろうが、まったくつくづく自分の不運さを呪った。
は昔から運がなかった。
「皆が、あんたのこと探してるよ」
「えっ皆て誰。私特に顔見知りなんていないけど」
「なんなら呼ぼうか」
「どうせしないでしょ」
鼻筋に皺を寄せる菊地原を遠目に見て、逆に煽られたらしいと判断した歌川はごく自然に会話の中に混じった。横からは余計な真似をという視線を向けられるが、むしろ助け船に感謝するべきだ。
「『皆が』て、もしかして彼だけ?うわぁ、友達少なそうなやつとは思ったけど流石に一人を皆呼ばわりするのはちょっと……」
「いや、皆っていうのはオレたちの友人のことです」
一人一人の名前を述べていく好青年の声を聞きながら残り二口となったカツ丼を口に運んでいく。歌川の口から烏丸と嵐山隊の二人の名前がでた時点で大事にはならないと確信したからだ。その落ち着きを取戻した心音を聞いて菊地原は更に眉を吊り上げる。
「……あんた、ほんとなんなの」
「こら菊地原」
「ここ最近、うちの隊長も腑抜けちゃってさ。あんたがここに来てからじゃないかな」
「いや君んとこの隊長が誰か知らないけどさ。人にあれこれ聞く前に自分が名乗るべきじゃない?キクチハラ君」
いつもは人を怒らせる側の菊地原がこうも挑発に乗せられるとは。 珍しいこともあるもんだとは思いつつ、隊長思いの彼ならまぁ分からなくもなかった。口をへの字に結んだ彼の代わりに歌川は笑みを浮かべて手を差し出す。
「オレたちは風間隊の者です。こいつは菊地原でオレは歌川。こいつが失礼な物言いをしてすみません」
本当に気のいい青年が、爽やかという文字のよく似合う笑顔を向けて
に手を差し出している。
だがそんなこと、今の
にはどうでも良かった。
『風間隊』と聞いた時から、差し出された手を思い切り叩きたくて、仕方なかったから。
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