「唐沢さん、バス乗ったんじゃないんですか」
「途中でエンジニアの寺島君に会ってね。気になって戻ってきたんだ」
「ふーん……ほんと、色々すみませんでした」
今度こそ大丈夫ですと別れたのがボーダー基地に向かう途中の立ち入り禁止区域境。返って気を遣わせるからとここで別れた唐沢は彼女を見送ってまたため息をついた。
上層部会議はやはり綺麗事だ、と。
「そもそもここに戻ることなんて、彼女が望むわけがない」
ふぅ、とふかしたタバコの苦味を舌に乗せて、人気のない通りにその一人言はじんわりと溶けていった。
***
あれからニ日後、学校から戻り与えられた部屋で寝転んでいると机に放っていた携帯端末が珍しく鳴り体を起こす。『諏訪洸太郎』の文字を確認して通話ボタンを押すと、今から食堂に来いとだけ言われ、理由も聞けないままぶつりと切られた。
「……ぜってぇ行かね!」
切られた端末に言い返しても当然返事はない。
「………」
結局、おりこうさんな彼女は頬を膨らませながらも人の集まる食堂へと下りていった。
あの頃とは比べ物にならない程人の多い食堂は、見慣れない女子高生が歩いていても誰にも怪しまれることなく「ここだァ」と声をかけられ問題なく目的の人物と合流を果たした。
「今日は何のようですか……て、わぁぁッ!?」
せっかくここまで人に注目されず来られたというのにこれだけ感歎の声をあげてしまえば嫌でも視線を集めてしまう。慌てて口を塞いだが一足遅く、食堂にいた幾人かは諏訪や木崎、寺島と一緒にいる見ず知らずの女子高生に興味津々と言った様子で視線を送る。
しかし本人はそれどころではなかった。わなわなと震えてその目は寺島雷蔵から離されない。
「雷蔵さんが……まんまるになってる……!」
「今更か?」
水を差し出した木崎につられ横に腰かける。何度まばたきしたって目の前の雷蔵はあの頃に比べてずいぶんとふくよかだ。
「お前ら既に会ったんじゃねぇのかよ」
トリガーの件で、雷蔵は既に
と接触しているはずだ。だからこの前の飲み会の時風間に言ったのではなかったか。
「あれは電話だったし、職場だった手前事務的なことしか聞けなくてね。今日はどうしても直接確認したいことがあって来てもらったんだ」
まぁ食べなよと勧められたチョコレートケーキに遠慮なくフォークを入れた
は確認?と首をかしげる
「トリガーの設定は、本当に何も変えなくていいのか?」
「え?はい」
「何も?」
繰り返される問いの真意をつかみ損ねて首をかしげる
に助け船を出したのは斜め向かいに座る諏訪だった。「痛覚の話だよ」と言われようやく納得したように「……あぁ」と息をこぼす。
「勿論ですよ。無きゃ、困る」
三人からの視線を受け逃げた先は欠けたケーキの上、しばらくして無理に作った笑顔を張り付け顔をあげる
は場の空気を変えるように朗らかな声で言った。
「痛い!てなった方がサイドエフェクトが活きて楽なんですよ~」
「……そうか」
こうなるともう何を言っても無駄だ。諦めたようにため息を溢して横に置いていたケースからトリガーを取りだしコトンと机においた。
「なら、これが
のトリガーだ」
「おぉ……」
細かな傷には覚えがある。正真正銘、あの頃使っていたトリガーだ。懐かしさからかつい頬が緩んでしまう。バッと前を向けば言いたいことがわかったらしく頷く。許可も降りたため、小さく息を吸って、一音一音噛み締めるように呟いた。
「トリガー、オン」
格納されていたトリオン体は、改めてみるとC級だった時の空閑の隊服と似ている。あれよりもゆったりとした肩や首元、足元は
隊が和服を元にした隊服だった時の名残だ。
「んふふ、なんだかんだ、いいですね」
おもちゃを前にした子供のように笑って体の感じを確認する。いつの間にかケーキは食べ終えていた。いつのまに。
「おいおいおい!
じゃん!」
「丁度いいのが来たぞ」
無礼にも人に指を指す諏訪の意味が分からず首をかしげたのは先ほどの感歎の声を聞いてやってきた出水と米屋だ。
"折角だから手合わせしてください”とごねる
に
「俺はガンナーだし、レイジが個人戦なんか受けたらお前目立ってしょうがねぇぞ」
と言いくるめ宥めていた矢先に現れた二人を丁度いいの他に言いようがない。
事情を聞いてよし!と腕をまくった出水は諏訪に妨害され、この美味しい役どころは米屋が頂戴することに収まった。
初対面であるはずなのにそれを感じさせない米屋の接し方に
は明らかに動揺した。陽キャの距離の詰め方怖いよ。
「俺もやりてぇ……」
「前にも言ったろ、隊服を考えろ」
「何で駄目なんですか」
「駄目ってことはねェが、まぁ今までみたく話せるとは思うなよ」
「……」
どれだけうちの隊長嫌われてんだ。頭の中に浮かぶ餅を食う隊長に文句を言うが当然効果はない。
嬉々としてブースに向かう米屋と人目を避けて行く
の姿を悔しげに見送った。
メインスクリーンに映らないよう操作したのは寺島なりの気遣いだ。
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