12.言伝

「うひぃやっぱり嫌だァァ……!!」
「往生際が悪いんだよ諦めろッ!」
「諏訪さんアンタ……さっき見せた優しさはどこやった……ッ」

ここから動かねぇと踏ん張るだが、諏訪はズルい手だと思いながら換装した。生身の人間がトリオン体に勝てるわけがない。ズルズルと引きずられる姿にレイジはランニング中に見た動物病院の光景を重ねていた。

「だって忍田本部長と話してる時は一人なわけでしょう嫌すぎる!」
「それだといつまでもトリガー持てないぞ」
「別に必要としてませんもん!」
「あれ、木崎さん、その子はもしかして……」

背後からの声にはゲェと顔を歪めたが、そんなの一切お構い無しと言わんばかりにボーダーの古株アイドル、嵐山は嬉しそうに笑っていた。

「やっぱりじゃないか!久し振りだなぁ!」

顔を見られて嬉しいと肩に手を置く。はこの優しい手が自分に向けられるのが苦手だった。勿体ないよと心で悪態をつきながら「私も嬉しい」と微笑んだ。この言葉に嘘はない。
その会話の最中、諏訪には嵐山からの内部通信が送られていた。

<貴方たちまでをいじめるわけないですよね>

器用なものだと苦笑いを浮かべる間も、嵐山は世間話に花を咲かせている。よくもまぁ相手にあそこまで盛上るものだ。

<そんなわけねぇだろ>

その返事に満足したようで、諏訪に対し爽やかスマイルを向けた。疲れた21歳にはとても眩しい。

はどこに向かう所だったんだ?」

実はかくかくしかじかで本部長にサインを貰わなくてはならなくて。気が乗らないままに説明をするとは真反対に笑顔の嵐山はそんなことかと手を叩いた。

「俺も忍田本部長の元へ向かう所なんだ。一緒に話を聞こう!」
「いや別にそこまでトリガー無くても困らないから別にいいですよ……」
「いらないのか?」

見上げた先のレイジが真剣な眼差しで問う。必要だろうと言われれば否と言えるが、ならば不要かと言われると答えに窮する。それが答えになっているとしても。

「それは……」

必要だとは、言いたくなかった。

がトリガーを持ったらまた充や賢たちと2対2が出来るのになぁ」
「懐かしい名前ですね」
「二人もきっと喜ぶぞ!」
「えぇ、そうかなぁ」
「あぁ!の顔を見れただけでも俺は嬉しいんだから」
「まぁ……?嵐山さんが言うなら行こうかなぁ?」

チョロい。諏訪と木崎が冷めた目で見ているがとうの本人は口元をにやつかせて爪先をいじいじとくねらせている。
これが広報の顔、嵐山の力なのか。先程までの強情な猿はどこへやら。それとなしに出された可愛い後輩二人の名前と裏のない笑顔を前にしてはただのツンデレ娘になっている。腹立たしいなこの。

「……まぁ、話がまとまったなら何よりだ。嵐山、これは林藤支部長から預かったものだ。本部長に渡してくれ」
「了解しました」

多少の動揺はあったものの、あっという間にいつものポーカーフェイスに戻った木崎が【トリガー携帯許可証】と書かれた仰々しい決裁用紙を手渡すことで場は終結した。
「何かあったら連絡しろよ」と連絡先だけ交換し、21歳の二人とはここで別れた。どうやらこの後行くところがあるらしい。

「諏訪さん、レイジさん」

から呼び止められ足を止める。

「気を遣って、今日を選んでくれてありがとうございました」

多少は気が楽ですと、眉を下げたまま笑った。


   ***

会議室の階は用がなければ立ち寄らないような場所に位置しているのだが、それがには都合がよかった。
ニ年の間で変わったもの、変わらないものを見たくなかったし見られなくなかった。隣に立つ変わらない男はそれを知ってか知らずか敢えてとりとめのない話をした。隊に新しく一人迎え入れたこと。最近は元気にしてたか、など。ボーダー内では口数の少ないも相づちを打ちながらぽつりぽつりと自分のことを話した。
そのうちに会議も終わり横のドアが開いた。少しだけが足を引き嵐山の影に隠れる。嵐山も何も言わず半歩前に出た。

「お、嵐山」
「お疲れ様です。東さん、風間さん」

この二人が会議に呼ばれることは珍しくはなかった。どちらもA,B級のまとめ役的役割を担っているため、隊員への連絡事項がある時はまずこの二人に知らされる。

「今日は嵐山一人か」
「いえ、俺一人じゃなく───」

首を横に向けると先程までそこにいたはずのの姿はなかった。いつの間に。

「……充と来てるんですけど、今トイレに言ってて」

以前出水に「嘘が下手」と言われたが改めてそれを実感する。あまりにもカタコトな嘘だった。

「うん。そうか」

気を遣ってか東がそれ以上聞かずに歩きだそうとした時、今まで黙って話を聞いていた風間が嵐山に聞きたいことがあると声をかけた。

「ミツルは元気そうだったか」
「えぇ。後で顔を出すよう言っておきましょうか」
「いや。無事にやっているなら何よりだ。ただ……いや、何でもない」

何でもない。そう言って背を向ける風間に東もついていく。二人を見送った嵐山は廊下の曲がり角に向かって「だそうだ」と呟いた。


それからまた少し待った。廊下の曲がり角にいる少女はそこに隠れたままだったが、忍田が部屋を出てきたときにはまた嵐山の半歩後ろについて不機嫌そうに視点を下げていた。

「君からここに来るなんて珍しいな」

驚いた忍田の顔を遮るようにレイジから預かった紙を目の前に突き付ける。俺が持ってたはずなのにいつ盗ったんだろうと思ったが、彼女の手癖が悪いのは今に始まったことじゃなかったので嵐山は口にしなかった。

「……!トリガーを、持ちたいのか」
「むしろこれを持たせず何故ここに閉じ込めるんです?」
「閉じ込めてるつもりは……!」
「どうせなら防衛任務にも出してください。そうすれば金が入るから」
……」
「はい」
「もう無理はしなくていいんだぞ」

その目に嘘も世辞もないものだから、あまりに滑稽で腹立たしくて、堪えきれずフッと息を吐いた。

「トロッコなら、私も人数が多い方を救いますし、忍田さんは間違ってないですよ」

俯いていた顔が少しずつあがる。

「でも、犠牲にした人を気にかけるのは可笑しいです。間違いだと思います」

「もう死んでるんだから」




※トロッコ問題【https://youtu.be/UO8zK27YXBI】

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