「この曲、私のリクエストなんですよ」
少しのノイズを含んだ陽気な音楽。普段は代本板や支え代わりとして使われているラジオが唯一本来の役割を果たすのはこの部屋に
が訪れた時だけだ。
「このラジオ番組、少しのCMとトークを除けばひたすら曲を流してるんですけど、毎月頭にリクエストを募集してるんです」
「お前がラジオを聴いていたとは意外だな」
「元々は、私の姉が聞いていました」
聞いていた。過去形で話す原因は三門市にいる以上一つだろう。話す気はなかったのか口にでた言葉に眉をしかめたが、風間が気遣ってコーヒーを入れている間にまた口は笑顔を作っていた。
「これ、鎮魂歌なんです」
「そのわりには随分と明るすぎないか」
「スペイン語だからかな。歌詞がね、『貴方がいなくなって家にあった花は全て枯れたわ 新しいのが見つからない あちこち探しに行きましょう』から始まって、亡くなった人との思い出の地を巡る歌です」
ラジオをなぞる指はどこか拙く、顔はラジオに向けられていてもその目は遠く、ここではない遠くを見ているようだった。
「よく聞いていると明るい“ふり”をしているんだなって感じる節があったり、曲の最後はとうとう泣き崩れたように思えてならないんです」
同じ曲について話をしているのか疑問になるくらい、風間にはこの曲が悲しいものとは思えなかった。その国の爽やかささえ感じられるようなこの曲が鎮魂歌だなんて。
「今度和訳と照らしながらちゃんと聞いてみてください。毎年この月に流れるはずだから」
彼女が大規模侵攻の起きたこの月に鎮魂歌をリクエストするのは自分への戒めなのか、大切な人への懺悔なのか、はたまたその両方なのかもしれない。
助けを求めるような苦しい笑顔になんて声をかけてやればいいのか、この時の風間にはわからなかった。
昔左目に受けたアステロイドが痛むような気がして目を閉じるが、悲しいかな、今度はまぶたの裏に焼き付いたあの時の泣き顔が鮮明に映った。
目の前の彼女はまだ夢の中で泣いている。
「……お前が自分の意志で来たのかそうでないのか、どちらにせよあの時の繰り返しにならないといいが」
初めて会った時は腕を磨きたいと笑っていた。教えているつもりが学んだことも多かった。元々武術を嗜んでいた彼女の戦い方は弧月ならまだしもスコーピオンを使うには不向きだと言ってもスコーピオンにしかできないことがあるからと言って聞かなかった。
「いっそ全てを捨てればずるずると引き戻されることもなかっただろうが、やはりトリガーは手放せなかったんだな」
スコーピオンにしかできないこと。
あの言葉は最初で最後の個人戦でこの身をもって体験した。
使える発想だが、あれと同じことが出来るのはブラックトリガーか雨取千佳くらいだろう。
「もうあの頃程お前を必要とする場面もないだろうに」
聞こえていない相手に風間は饒舌だ。今の部下である菊地原が聞いたら変なのとでも言うだろうか。部下とも弟子とも言いがたい彼女が話してくれたラジオの周波数は、何故かまだ覚えていた。
***
「風間」
「木崎か、お前がここにいるなんて珍し───」
言いかけたところで察したのだろう。木崎レイジは
と平穏にあえる数少ない人物だ。
「なんだ、もう会ったのか」
「会ってない。見ただけだ」
あいつが俺と会うわけないだろうとこぼす文句も事情を知るレイジからすればそれは後悔に他ならない。あえてそう指摘してやる必要もないだろうと口をつぐみ風間が歩いてきた方向へ目をやる。
「この階の西側の棟、端からニ番目だ」
視線の意図を察した風間に部屋を教えてもらうが、風間が“会ってない”と言ったということはまだ寝てるのだろう。朝早く来ているわけだし唐沢さんのツケで朝食を食べても問題ないだろうと、烏丸と風間と共に向かった食堂で会ったのが太刀川隊だった。
「レイジさんに烏丸に風間さんとは、なんとも珍しい組み合わせだな」
「太刀川隊は防衛任務だったのか」
「お疲れ様です」
既におぼんを持った太刀川隊の二人(唯我はいても邪魔だと任務から外されている)に促され朝食は三人から五人へと追加された。実際あの三人では皆口数が少ないためお通夜のようになっていただろうから外見的に救われた。
「それで、木崎さんがこんな早くからいるなんて何かあったんですか?」
「あ、太刀川さんなら知ってるんじゃないっすか?あの───」
「太刀川には関係ない」
ってボーダー隊員を。そう言いかけた出水の声をピシャリと止めたのは鋭い眼光の風間で、普段は感じない圧に思わず鳥肌がたった。
「……あぁなるほど。風間さん、そこまで威圧しちゃあかえってすぐわかる」
「ならいい。今のは出水への口止めだけじゃない、お前に近づくなという警告だ」
お世辞にも和やかでない雰囲気の中かつかつとスプーンを動かす玉狛の二人が羨ましい。変に空気の読める出水はそんな思いで平然と飯をかきこむ二人を見ていた。
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