こんなにも

君、力仕事を頼みたいんだけどいい?」
「勿論です。何しますか?」
「洗濯物をね、業者さんがこの時期はお休みだから学校で洗うの」
「へぇ、本当に大変なんですね」

日陰の色が濃くなってセミが全盛期の8月、寮生がいる白鳥沢だからなのか、生徒の夏休みにも関わらず食堂を開けているおばちゃん達へのありがたみが日に日に増していく。

「寮内の洗濯機まで持っていけばいいんですよね」
「違う違う、体育館横にもっと大きいのがあるのよ」
「業者用かしらね、部活の子達がまとめてビブスとか洗えるような大きいのが」
「へぇ、知らなかった」
「まとめて布巾とかも洗っちゃうから全部かごに入れて台車をひいて行くわよ」

どの体育館に行くにしても外に出なくちゃいけないのに、臆する俺とは別に帽子をかぶったおばちゃん達は眩しい日差しの下をガンガン歩いていくからほんとに強い。

「バレー部の体育館とバスケ部の体育館、それぞれ1台ずつ使っていいって言われてるから、君は悪いけどバレー部の方に行ってくれる?」
「喜んで」
「気合十分ねぇ」
「あそこ違いから助かるわ」

俺としては願ったり叶ったりだ。一人でやる心細さよりバレー部のいる体育館を見に行ける喜びのが大きい。

「洗濯機横に物干し紐があるから、軽く拭いてから干してね」
「わかりました」


   ***

この設備の充実具合はさすが私立としか言いようがない。各体育館の横に洗濯機と乾燥機がついてるなんて贅沢を活動する運動部員達はちゃんと理解してるんだろうか。
洗濯機の音に負けない甲高い靴音。キュッキュ聞こえるこれはまごう事なきバレーシューズの靴音だ。今まさにここで練習してるのかと思うと、手持手沙汰な状況も相まって覗かずにはいられないよなぁ。

「──あ」

それこそ漫画みたいな偶然。
隠れるように覗いたドアの死角から今まさにサーブを打つ若利の姿が見えて、ほぼ同時にボールが床に叩きつける暴力的な音が響いた。

「すっげぇ……」

小学生の時母親と通っていたバレー教室なんかじゃ想像もつかない迫力。試合会場で上から眺めるだけでもすごい迫力なんだから、そりゃ同じ目線からしたらもっともっとすごいに違いないよな。
まさか見られると思ってなかったけど、一度見てしまうともっと見たくなる。部活の覗き見なんてもう二度とできないだろうし向こうからは陰になってて見えないはずだ。
若利だけじゃない。天童や、なんなら黒髪ぱっつんたちの練習姿すら見ていて気持ちいい。すげぇなぁ。実力のある人って練習姿だけで人を魅了できるんだ。

その後簡単な練習試合みたいなのが始まって、あの生意気なセッターの、若利に尽くすようなトスとか、天童の、ボールの方が吸い込まれていくあのブロック、何より任せれば決めてくれる若利の攻撃はインターハイの決勝よりずっとわくわくした。

「はぁ……こりゃ取り憑かれるわ」

ずっと見てられると思ったし実際休憩と思われるブザーが鳴るまでずっと見てた。我に返って洗濯機に向かうと当然洗い終わってるから今のは完全にサボりだ。

「急げ急げ…っ」

濡れた割烹着が想像に重くてふらつく。かごに移して洗濯紐まで運ぼうと振り向いた途端、立ちふさがる若利の姿に心臓が止まるかと思った。驚きの方で。

「ど、どうしたんだこんな所で」
「俺も同じ質問をするところだ」
「あぁ、俺は学食バイトの仕事中。洗濯機借りてる」
「こんな所に洗濯スペースがあったとは知らなかった」
「はは、一年からレギュラーの奴しか言えない台詞。若利こそ休憩時間もロードワークするつもりか?室内で休んでた方がいいだろ」

何か変な事を言っただろうか、口を横に結んだまま小さく首を横に振った。

「体育館から見える陰がに似ていたから確認に来た」
「マジで?隠れてたつもりなんだけど」
「隠れていた方が目立つ事もあるぞ」
「なんか哲学的」

まさか若利の練習風景を見れるだけじゃなく喋る時間まで貰えるなんて、神様本当にありがとう。

「いつも若利の試合を見るのは上からだったから、横から見るのは初めてだった」
「そうか」
「なんか、近い分音もフォームも迫力があって、すごく頼もしくてかっこよくて、もっと近くで見たくなった」
「………そうか」
「夏休みのバイト引き受けて良かったよ!部外者がこの距離で試合見れる機会なかなかないもんな」

「んぎゃっ」

首筋に何かが当てられ、そこから急激に冷えて変な声が出た。若利の左手から俺の首に当てられたのはキンキンに冷えたペットボトルらしい。滴る水がコンクリートに落ちて一瞬で乾いていく。

「顔が赤い。体調が悪いんじゃないか」
「若利に見惚れたのかもよ」
「……」

口と拳をきゅっと握ったまま、それでも俺の首に当てたペットボトルを下げるどころか更に押し付けてくるから。流されるように受け取ったそれはまだ半分凍ってるらしく確かに気持ちよかった。

「こんな炎天下の中、日よけもせず立っていてはすぐ日射病になるぞ」
「このクラクラはときめきから来るものじゃないってことか……」

そういえばさっきから普段言わないようなことも口走ってる気がする。若利の眉間と口元が険しくなっていく姿もいいなぁなんてぼんやり見てたら一度体育館に視線を戻した若利がまたこちらを向いて、険しい顔のまま口を開いた。

「自分の健康管理はしっかり行ってほしい──が、に言われた言葉は、素直に嬉しいものだな」
「トドメを刺された……」

この心拍数の上昇はどっちによるものなんだ。日差しのせいか俺の幻覚か、 嬉しそうに笑って見える若利は休憩終了のブザーを聞いて体育館へ戻っていった。

「お前も、早く涼しい場所へ戻れ」
「おお」

心臓が止まるかと思った。ときめきで。
飲み物のお礼は言えなかったし、気付かれるほど堂々とのぞき見しちゃってたの反省しなきゃだし、何より若利が体育官の外でこれだけ喋ってたらまた他の部員たちに目をつけられる。
考えなきゃいけない事はいっぱいなのに、さっきの若利のはにかむような笑顔が幻覚かマジだったのか、出来ればもう一回見たいなとか、そんな事ばかりが気になって仕方ない。頭は回らないが手だけはちゃんと働いてるんだから我ながら偉い。

君ー。手伝いに来たけど、あと干すだけなのね」
「あら、目がぼーとしてるけど大丈夫?」
「俺……ダメかも知れないっす」
「やだ!早く室内戻りましょ!」
 
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