見逃された問題

天童から送られてきた写真はとても新鮮なものだった。呆れ顔のの表情と身にまとっている割烹着姿は牛島の頭に大事にインプットされたの姿とはかけ離れていて、あまつさえ食堂の机に置かれたカツ丼の写真は、が作ったものだという。
ここ数週間すっかり消え失せたと思っていた"モヤ"がまた現れる予感がして

〈そうか〉

と三文字だけを打って画面を閉じ布団へ入った。
朝になって着替えを済ませ、通知も来ていないスマートフォンを手荷物入れに詰めた時にはもう昨夜見たの事は頭に無く、またバレーにのめり込んだ。
さすが日本から集められただけあってどのポジションの選手も実力者揃いだ。大学に上がればこれだけの選手らと毎日バレーができるのかと思うとそれだけで高揚し、腕や足に力が籠もる。スパイクは気持ちのいい音を体育館に響かせた。


   ***

「おかえり若利君!」
「実りのある合宿に──なったみたいだな」
「あぁ。進学後の話もあがった。今後を見据えての話やプレーができたのは良かった」
「はぁ〜春高もまだなのにもう大学の話か。すげぇな」
「若利は午後の練習から参加するのか?今朝帰ってきたんだから今日くらい休めばいいだろう」
「洗濯物は昨日合宿先で洗ってきた。荷物の片付けは夜にやればいいから問題ない」
「そうじゃなくて疲れてんじゃねぇのって話で……まぁいいか」

バレー部の3年に取り囲まれながらも長身の牛島は食堂の方に顔を向けて何かを探していた。瀬見が口を開くより先ににやりと笑った天童が「今日は休みみたいヨ」とぽつりと呟く。

「部活はあるぞ」
「いやいやそっちじゃなくて。嘘でしょ無自覚なワケ?」

天童はそれ以上何も言わなかったし、五色達が加わることで話題が変わり普段通り食堂を利用して体育館へ向かった。

翌日も同じように過ごし、その翌日も同じように過ごすはずがそうはならなかったのは、食堂に割烹着姿のがいたからだ。テニス部やバスケ部の女子たちと話をしていたも、牛島の姿を見つけていっとう笑顔を浮かべ手を振り、それに対して牛島はハタと思い出したように目を丸くした。

「なんだよ帰ってたのか」
「すまない、忘れていた」
「いいんだよ俺の事なんか。それだけバレーにのめり込めたって事だし。何よりだ」
「……」

今度の試合を見に来てという女子たちと話をつけて、手は止めないまま列に並ぶ牛島と話をするは先程とは違う柔らかい笑みを浮かべている。

「なんだよ。あいつに真っ先に伝えると思ってたのに」

天童の後ろに並ぶ瀬見のぼやきには驚き振り返る。目が合った瀬見は天童のリアクションに納得したのかあぁ、と言って説明を始めた。

「俺、と同じクラス。体育合同」
「なんでカタコト」
「クラス違うのにやたら一緒にいるし、そもそも若利の方から近付いていくやつなんて珍しいだろ。だからよほど仲がいいんだなって」
「ナルホドネ〜」

惜しい、と天童は笑ったままの口を小さくしてほくそ笑んだ。現状3人だけしか知らない事実に仲間入りするやつがいるのかと柄にもなく少しだけ慌てたのだ。

「そういう天童は随分肩入れしてるよな」
「そうかな」

理由があるとしたらそれは───



『君って、前まで別の名字で、もっと成績上位じゃなかったっけ?』

試験の成績上位者の名前が載った張り紙にいつもあった名前。名字が変わったと同時にどんどんと順位が落ちていき、3度目にはもう順位表から名前がなくなっていた。

『あー、天童だっけ?』
『うん』

君はよく若利君に絡んでるクン。
牛島の名前を出したからか、同じ『バレー部だったね』と嬉しそうに笑っている。会話を続ける気があるらしい。

『若利クンにつきまとってばっかいるから成績落ちちゃったんじゃない?』
『鬱陶しいとか言ってたら教えてな。邪魔はしたくないんだ』
『もちろん』
『勉強の方は、もう頑張らなくてよくなったの』

ようやく馴染んできた苗字を使って名前を呼んだ時も、天童の挑発するような言葉にも何でもなさそうに微笑んでいたままだった。

だからこそ気が緩んだと言うか、うっかり考えなしの発言をしてしまったのかもしれない。

『確かに、苗字が変わってからアザの数も減ったかもね」

笑顔が剥がれ落ちて、その下にあった表情がずっと忘れられないでいる。



「罪悪感からかなー」
「覚にもそういう心遣いあったんだな」
「失礼しちゃう」

口を尖らせ、空のトレーで瀬見を突いていると件の青年が2人を呼んだ。

「後ろ詰まってるから早く来いよ」
「悪い悪い。俺大盛りで」
「おっけー、天童も大盛りだよな?」
「はぁ〜そんなことしたら部活の休みの日教えないからネ」

じろりと睨みを利かす天童にもその横で小鉢を取る瀬見にも分かるくらい、の雰囲気が一瞬だけ変わった。

クン?」
「あー…いや、さっき若利が休みはないって言ってたから」
「ハァ?そんな訳な───」
「いや、俺みたいなのはともかく若利や覚はスタメンだから休みはないだろう。間違えたのか」

詳しくは分からなくとも空気を察知した瀬見が言葉を被せてフォローに回ったが、天童は折れず同じ否定の言葉を繰り返す。

「そんな訳ない」
「いいんだよ天童」

の声は至って穏やかだ。
後に続く言葉が分かってるから天童はむっとした顔のまま。

「何より大事なのはバレーだよ。俺だってそこは大事にしてほしい」
(本気でそう思ってるから気持ち悪いんだヨ)
 
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