傍観者達の見解
「明日から合宿だけど、君には言ったの?」
「何がだ」
「エ?『行ってくるよ』とか、連絡いれたのかなって」
「俺がユースに選ばれたことは話したから合宿があることは向こうも分かっているだろう」
「それだけ?」
天童の言わんとしていることが分からないらしく、片付けの手を止めて天童の目を見た。天童は困ったような笑いを堪えたような顔で牛島を見ている。
「向こうに行ったらそれどころじゃないんだし、行く前に連絡したほうがいいんじゃないって思うのは余計なお世話?」
「試験期間に十分時間がとれたから問題ない」
牛島にとって充足した試験期間を過ごせたうえに胸のうちにいつの間にか宿していた不安の種も解消されたのだから天童の言う『連絡する必要性』というものを感じてはいない。むしろ今は、試験期間中に見たの様々な表情を鮮明に思い出せる。だから、いらない。
メッセージのやり取りも夏の思い出もの笑った顔も今は置いておける。それ以上に今はバレーボールに全てを費やしたかったから。
そんな牛島の思いに揺さぶりをかける男が二人もいるとは、この時は考えもしなかったのだ。
***
牛島が一人合宿に行き、若干の退屈を覚えて何か面白いことは無いかとあくびを浮かべた天童覚にとって割烹着姿のはまさに渡りに船だった。
「ブハハハッ!どうしたのクン!似合ってるヨ!」
「あああウルセェのが来た」
不思議なくらい似合っていて、だからこそ笑いが止まらない。
「割烹着着てオシャレに見てるヤツなんてそうそういないヨ!!」
「皆して写真撮りやがってよぉ」
「ま、君の場合ネタでもガチでも撮られるだろうね」
少し奥にある炊飯器から米を取りに行ったには聞こえなかったらしい。手持ち無沙汰になったのでの隠し撮りを目論む生徒達の画角に入り込む一人遊びをして待っていた。
「一人でも楽しそうだな」という小言とともに大量の米を持ってきたに対し牛島の名前を出したのはちょっとした意趣返しだ。ほんの一瞬だけ、表情が固まったのを見逃さない。
「若利は今バレーに専念する時なんだから余計なことすんなよ」
「余計なことカナ〜?」
若利君にとって君の事は"余計なこと"かな?
そう言おうとして止めたのは牛島の名前を出した途端後ろに並ぶ五色と白布の雰囲気が変わり、そのまま口を挟まれたからだ。
「牛島さんと仲がいいのですか」
大人しく退散しようとしたのに、後ろでそんな話をするものだから天童の歩みは牛歩より遅い。既に席に座っている瀬見は天童に呆れた視線を送ったが、彼の不可解な行動には見慣れていたのですぐに目の前のカレーに向き合っていた。
「中学からの同級生だから多少面識があるだけだよ」
あーあつまんないの。今ここでぶちかましたら五色も白布も一発で黙らせられるのに。
勿論彼が、牛島を第一に考える彼がそんな身勝手な発言をするわけがないのだが、それにしたって何か言い返してもいいように思う。黙ってキャベツを切り始めたに残念な目を送りながら天童はようやく椅子につく。
「試合前にコートに降りてくるなんてよっぽど親し──」
「そっちにはキレるんだ」
「今のなんの音だ?包丁?びっくりしたなぁ」
「さぁねェ」
後輩からナメた態度取られても平気なのに、嫌味であっても疑われることは耐えられないなんて。物に当たる姿も刃物を乱暴に扱うところも褒められたものじゃないが、それでも天童の顔に溢れるのは笑顔だけだ。
「ねェそれ交換してよ。同じメニューだからいいでショ」
「えっ!?何でですか、天童さん!」
白布の抗議の声は全部無視だ。上級生を不愉快にさせたバツとでも思ってもらおう。理不尽な理由をつけて奪い取ったランチの写真を撮り、先程撮った割烹着姿のと合わせて牛島に宛てて送信した。
[見て〜君の手作り!!]
本当はキャベツ切っただけだけど。
嘘はついてないもんねとほくほくしながら昼食にかぶりつく。珍しいものが見られたうえに盛りに盛られたご飯も押し付けることができた。ずっと上機嫌で一日を終えるはずが、夕方に牛島から返ってきたメッセージは
[そうか]
の一言で、思わず眉間に皺を寄せて画面を睨みつけた。
***
及川がを知ったのは、小学校の時に所属していたバレーボールのクラブチームに母親と参加していた姿を見てからだが、中学に上がる少し前まで親しく話すことはなかった。
(そーそー、あの時もあんな顔してたっけ)
部活帰りに偶然見かけたは不安になるくらいぼんやりした顔で自転車をのたのたと漕いでいた。いくら歩道を走っているとはいえあの速度は遅すぎやしないだろうか。
『そういうのジコジセイって言うんだっけ?』
『……』
放っておくつもりだった。でも悪びれず笑って走っていく奴らとそれを見送るを見たらつい喉が声を発していた。
『知らないかもしれないけど、俺は家に帰りたくないから母ちゃんの付き添いで来てるだけで、会費は払ってないんだ。だからアイスとかそういうのは貰っちゃいけないの』
『関係なくない?コーチが参加していいよって言ってるんだろ。あのアイスだってお前の分として用意されてたんだよ』
『でもズルだから。それは』
今でこその感じていた後ろめたさは理解できるが、小学生の時分では難しくて、ただ気弱なやつだと思っていた。気弱で、才能も直向きさも強くもないけど相手コートにいられると隙がなくて嫌なやつ。
つい気になって話しかけても『岩泉君なら向こうだよ』と走って逃げられるだけだった。そんな彼を追って追って、中学に上がっても追っかけ回していたらある時はこんなことを言った。
『なぁ、牛島若利って知ってるだろ?俺あいつのこと好きなんだよ』
『……へぇ。俺はこの間負けたばっかだから大嫌いだけどね』
『ははっ!知ってる』
『……なんで俺に言ったの』
『ん?及川たちが負けたのに喜んでちゃ怪しいかと思って』
『そっちは同じ白鳥沢生なんだから言われなきゃなんとも思わなかったのに』
『………あ』
なんてアホな男。アホのくせに変なところで鋭いから俺がアイスの下に隠した指にあっさり気付きやがったし、あえて言わなくていい指摘もしっかり口にしてきた。
でも、やっぱりアホだから
「だからだよ。部活だけに専念できるのって高校生くらいだから邪魔したくない」
「……ウシワカ思い、つーかなんか、高校生らしからぬヤツ」
よくわかんないけどそれもう思いやりこえて自己犠牲じゃない?自覚ないやつに言っても面倒だから言わないけどさ。
「そんなお前に一つだけ教えてやろう」
「なんだー?その上から目線キャラは。タメだぞコラ」
「あいつはテーピングくらい一人でできるよ」
「そうなのか?でも利き手だったしなァ」
できるけどしなかったの。甘えてたんだよ、アホだねぇ。
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