気晴らしになれば
写真の一枚でも取らせてもらえばよかった。
悪魔の期末試験が終われば夏休みまで秒速だ。特に夏はどの部活も大きな大会を控えていて大忙しだし、学校側もそれは承知の上なので普段よりホームルームの終了時間を早めたりする。いつもだらだら話し続ける若利の担任だって生徒の圧に負けてか巻き気味だ。
だから俺が若利の教室前を通るときはもう既に、あいつは部活に行っている。夏に会えないのは毎年のことだから今更不安にはならないが寂しくはなる。やっぱり他にも熱中できるものがないとよくないなぁと思いつつ、バイト以外予定はない。
「いた、〜!担任がお前のこと探してたぞ〜!」
「俺を?」
「なんか悪さがバレたんじゃね?」
「何かしてるような言い方やめろぉ。ありがとなー」
自転車にまたがった友人は今日隣町の彼女とデートらしい。どこで出会ったんだかかわいい女子とのツーショットを見せびらかし自慢していた。今度は長続きすればいいけど。
などと他人の幸福を願ってる場合じゃない。品行方正な俺が一体何をしたのか真偽を確かめに教室に戻らねば。
「学食バイト?」
「これは取引だぞ、」
教室に戻ると担任が腕組んで待ってた。絶対楽しい話じゃないしこっそり帰ろうとしたところを首根っこ掴まれ確保。俺なんかしたかな〜〜?
「バイトをしてるな。申請もなしで」
「なるほど」
なんかしてた。そうだ、うちの学校は適正な理由があればバイトはできるが、申請をしないといけないし働ける店は限られている。
「無申請のうえに居酒屋。ツーアウトだぞ」
「じゃあまだ大丈夫ですね」
「ワンナウトすら駄目なんだよ」
帰宅途中にサーブ中の俺を見かけて噎せこんだという。えぇ、いつ見られたんだろう。かなりの冷や汗ものだが、説教より先に取引を持ちかけてくるような人に見つかったのは不幸中の幸いかも。
「夏休み期間は学食バイトのおばちゃんも家族がいるからシフトを減らしたいらしい。可能な限りでいいから入ってくれよ」
「103万の壁超えちゃいますって」
「さすが詳しいなぁ」
「切実なんでね」
「なら時給分の食券を支給するってのはどうだ?」
「乗ります」
話の分かる先生で良かった〜。人の少ない夏休みとはいえ寮生や部活生たちの目に晒されるのは辛いが──ん?部活……
「あー、先生やっぱり俺──」
「じゃあ昼か夜のシフトを組んでお前に渡すから、ありがとな!おばちゃん喜ぶよ!」
「いややっぱ俺!あー……」
あのダサい割烹着姿、若利に見られたくないんだけど。
***
「ブハハハッ!どうしたのクン!似合ってるヨ!」
「あああウルセェのが来た」
「カッポーギって言うんだっけ?それ似合うのすごぉい!」
「いいからさっさと食券をお出しくださーい」
最初こそ恥ずかしさがあったが会うやつ会うやつ絡んでくるからおかげさまでもう慣れたわ。サッカー部の奴らは写真を撮ってくる始末だ。観光スポットか俺は。
「はいお待ちどう生姜焼き定食大盛りだよ」
「うわ、なんかお米多いんだけど。こんなにいらない」
「少食なんだっけね^^」
「嫌な奴!」
眉間にシワを寄せてじっとりと睨んでくるが無視だ無視。何しろキッチンの中は冷房が入ってるとは思えないくらいに暑い。そのうえこんな通気性の悪い服着てりゃあ尚更だ。苛立つ気力すらないし、こんな中でバイトのおばちゃんたちはよく笑顔で話しかけてくれてたと尊敬しちゃう。
「残念だねぇ今日若利クンいないんだよねぇ」
「あっそう」
「ユースの合宿でしばらくこっちにいないの」
「へぇ」
「写メ送っていい?」
「お断りでーす」
さっきからお前の隣ににいる黒髪パッツン前髪の男がこっち見てんの気付いてるだろお前。若利の名前出してから目つき鋭くなっててそっち見れないんだって。大盛りにした仕返しか?
「若利は今バレーに専念する時なんだから余計なことすんなよ」
「余計なことカナ〜?」
「天童さん、後ろがつかえてます」
「ほぉら後輩に言われてやんの」
手で追い払ってようやく厄介者はいなくなり、後ろに並んでいたパッツン君が食券を差し出した。
「あの」
「ん?」
「牛島さんと仲がいいのですか」
「え、何で?」
「天童さんがここにいない牛島さんの名前を出していたし、わざわざ写真を送るだなんて」
「中学からの同級生だから多少面識があるだけだよ」
「そうでしょうか」
「アハハ、今度は何言われるんだろ」
黒髪パッツンは「なるほど」って言ってんだから口を挟んでくるなセッターパッツン。暑さで思考がどんどん暗くなっていく。マスクの下は微塵も笑ってねぇからな。
「たかが同級生がわざわざ決勝戦前にコートまで降りてきますかね。いくら負けることのない相手とはいえ本番前の練習時間は貴重なのに」
俺は一言も『たかが』なんて言ってねぇんだけどなァ。インターハイの時こいつ俺の事見てたんだな。敵意と懐疑心剥き出しのセッターの目から逃げながら目の前の仕事をこなしていく。
「添えのキャベツ切らしてるので横にズレて少々お待ち下さい」
「たまにいますよね。クラスメイトだからって馴れ馴れしい人。その類ですか?」
「……」
「試合前にコートに降りてくるなんてよっぽど親し──」
菜切り包丁がまな板を叩く音が響く。手を切るなんてミスはしないが、つい力のこもった音に一瞬だけ周囲の目がこちらに向いた。
「あれね、手を振り返してくれただけなのに呼ばれた気がして。俺の勘違いだったんだ」
「……」
「恥ずかしいから蒸し返さないでくれよ」
不細工でも笑えてりゃ結構。何も言わず冷ややかなにこちらを見上げてくる目が全部見透かしてきそうで気味が悪い。
しかし、まぁ、黒髪パッツンに促され席についたかと思えば何やら楽しそうな顔をした天童にランチを交換させられていたからセッター君も可哀想ではある。あいつの昼なんてもう冷めてるだろうに。急に同情したくなるし、そりゃあ俺に八つ当たりでもしたくなるか。
「ごめんね君遅くなっちゃった!もう上がって」
「ありがとうございます、お疲れさまでした」
割烹着を洗濯機にいれて自転車を漕ぐ。夕方のバイトまで3時間ある。家に帰るのも微妙だしどこで時間を潰そうかな。………かな。
「今確実にと目が合った気がするんだけど?」
「いやぁ触れないほうがお互いのためかなって」
「さすがに無理があるでしょ」
「及川ぁ、いつもの爽やかな顔はどこ置いてきたんだ?」
「お前は適用外」
及川はイィと口も目も横長な形にして威嚇してきた。なんか動物園にいそう。俺がうっかり笑ってしまったのが気に食わなかったのか、でかいカバンを背負った及川がどんどんこっちに歩いてくる。
「せっかく早上がり?なんだから帰ればいいのに」
「お前が急ぎなら帰るけど」
「残念ながら微妙な時間を持て余してるから全く困らないんだよなぁ」
「へぇ〜なら丁度いいじゃない」
及川はもう神社前の階段に腰掛けお喋りの構えを取っている。これで置いて帰ると後が面倒くさいし付き合うか。一旦家に帰ろうかと思ったけど取り消しだ。
「はい」
「え、なになに差し入れ?優しいねぇ」
「岩ちゃんさんに捨てられた可哀想な及川に」
「そんなんじゃないし!岩ちゃんは今日ブロック練習するから先帰れって──」
「渡したアイスで指冷やしてんの、バレてるよ」
「……」
「隠してるつもりだろうけど、皆も気付いてたんだろ。それこそ、その事も及川自身分かってるだろうけどさ」
さっき差し入れでもらったアイスはまだかろうじて溶けてはいなかった。蓋を回して食べ頃になったアイスを吸い上げていたら横からため息が聞こえた。
「昔から思ってたけどお前、時々気持ち悪いんだよなぁ」
「突然のディスられ」
「バレークラブの時だって」
「そんな昔のことよく覚えてるな」
カバンに入ってた湿布とサポーターは前に若利の怪我に使った余りだ。別に常時持ち歩いてるわけじゃなくカバンに入れっぱだっだたけ。そう説明してんのに及川は若干引いている。
「はいはいどこまでもウシワカ思いね。夏はどっか遊び行くの?」
「そんな日ないよ。白鳥沢の忙しさは青葉城西に負けてないと思うけど」
「一日もないの!?どこか誘いなよ高校最後の夏休みだよ」
「だからだよ。部活だけに専念できるのって高校生くらいだから邪魔したくない」
「……ウシワカ思い、つーかなんか、高校生らしからぬヤツ」
アイスはとうに空になってる。そろそろいい時間だしバイトに行くか。
「それじゃあな。部活頑張れよ」
「そっちこそ〜」
及川はまだ空になったアイス容器を口にくわえたまま面白くなさそうに手を振った。早く帰って手当しろよ。
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