我儘今は我慢しないと
久々に若利と会える。その事しか頭になくてすっかり忘れてた。俺の家、恋人と、二人きり。───いやいや、もちろんそんな邪な考えがあって呼んだわけじゃないけど。若利は寮だから上がれないし、外で静かに勉強できる場所を探すとどうしてもお金がかかる。だから昼間は誰もいない俺の家を選んだだけだ。そもそも若利は俺が何に悩んでいるのかすら分かっていないだろう。自分の右頬を叩いてキッチンから麦茶と簡単な菓子を持っていく。体に気を付けてる人が口寂しさに菓子に手を伸ばすとは思えないがそこはおもてなしだ。
「お待たせ」
「いや」
「それで、どこが分からない?俺に教えられればいいけど」
「……ふっ」
「えぇ?何笑ってんの?」
顔を伏せたままなんとなく企んだ笑い方をするのが珍しくて若利の顔を覗き込んだ。俺に気付いてか目線を合わせたままにぃと口を開く。
「そんな謙遜は似合わない。ほど英語が得意なやつ、身の周りにいないくらいだ」
「言いすぎだろ。でもまぁ、確かに言語学にはかなり力入れてるから同級生には負けないかな」
「それは知らなかったな。何か理由があるのか」
「そこは、まぁ聞かないでくれよ」
だって気持ち悪くて言えないだろ。
いつか海外に行くお前の傍を離れなくてすむようになんて。
「あ、もうこんな時間か」
外から5時を知らせる鐘の音が聞こえる。なんだかあっという間だったなぁ。久々に若利と二人で他愛もない話をしながら勉強するなんてそれこそ中学の時以来だろう。試験期間だけは若利の傍に行けた。その期間だけは話しかけても拒まれなかった。部活が休みになる試験期間は、俺は勉強を盾に若利と二人でいられたんだ。
(あれ、今もやってること変わらなくね?)
見たくないものには蓋をして、今ある幸せに感謝をすればいい。バレーにすべてを懸ける男の、ほんの少しだけ時間と場所を貰えるならそれだけで十分じゃないか。
「若利、そろそろ帰らないと」
「……あぁ。もう少ししたら出る」
「門限破ったら大ごとだろ?」
なんとも歯切れが悪い返事ばかりでなかなか筆記用具をしまおうとしない。まだわからないところがあるのかと聞いてもそこは大丈夫だと言うし、あとは、なんだろう。
「『まだ帰りたくない』なんて思ってくれてたりすんのか~?」
ちゃんと笑えてるよな、茶化せてるよな。真面目な若利と二人のときはついつられがちだけど今ばかりは普段の俺みたいに軽い言葉を軽々しく吐けてるはず。そう、ちゃんとできてるよ。
「あぁ。そうだと言ったら?」
だからお前の方から真面目な顔でそんな試すような事言うなって。
「……っ」
「お前ぇ、恋人と二人きりの時にそんな事言われたら俺は自惚れるぞ……」
「だからと言って急に口付けられたら驚く」
「ほんとごめん!」
待ってすごい顔熱い、童貞かよ俺は。これが今までの彼女ならこのままベッドに……てのがお決まりの流れなのにさすがにそれは、さすがにじゃん?現に若利は余程ショックだったのか動かなくなっちまった。
ほんと、ごめんって……
「あー……若利?」
「なんだ」
「ごめん」
「何を謝るんだ。『恋人』なら当然だろう」
「違うだろ。恋人だから何してもいいわけじゃねぇし、俺だって相手の嫌がることはしたくない」
「嫌ではない」
「優しいな」
優しい。なら尚更そこに付け込むわけにはいかないだろ。今は試験前だし何より若利はインターハイの全国が待っている。俺なんかに構ってる時間はないと分かっていたのに。分かっていたのに!あまりに可愛いこと言うから!
「」
「ん〜?」
「大丈夫か」
「大丈夫。反省と恥ずかしさに頭抱えてた」
「反省?」
「ん。試験に試合と忙しいだろ、お前は」
時計はあっという間に長針が下に降りてる。本当に早くしないと間に合わなくなるぞと急かしてようやく腰を上げた。不服そうにこちらを睨んでる気配を感じるが無視だ。つーかお互い気まずいだろ。
「、また時間を貰ってもいいだろうか」
「えっ?」
「英語で分からない事があればまた頼みたい」
「あぁ。勿論!今回はバイトも入れてないからいつでも連絡くれよ」
俺の自惚れた見間違いでなければ若利は少しだけ笑った顔で頷いていたと思う。帰り際も玄関の前で振り返って「またな」と言っていたのが嬉しくて危うく抱きしめるとこだった。
「しないのか」
「嬉しいけど、その言い方はアウトだと思う」
「?」
意味が分かってないらしい若利は俺に合わせて両腕を広げたまま待機してるのでお言葉に甘えて正面から抱きしめた。普段から似たようなスキンシップをしてるのにこうも心臓が鳴るもんだろうか。
「また明日学校で」
「あぁ」
あぁあ試験期間もう少し延びないかなぁ。
***
この一週間だけで俺は普段の2か月分くらいの時間を若利と一緒に過ごしてるのが嬉しい。普段は部活で忙しいとはいえ勉強を蔑ろにするタイプではないから基本はできてる。あとは問題文の中にあるキーワードと法則の組み合わせを教えれば応用問題だって解けるようになるんだから本当に多才な男だと思う。
「はすごいな」
「えっ?、何が?」
「俺の質問に全て答えるだろう。普段はバイトで忙しいのに勉強に手を抜いてかず俺の面倒まで見ている」
「別に。普通だよ。それに若利は頭がいい。クラスのバカ達に教えてる時はマジで疲れるんだぜ」
「そうか」
「まぁそんなテスト期間も明日で終わりだけどな。それに明日は2教科だけだから早く終われる」
「あぁ、お前が時間を割いてくれたおかげで助かった。ありがとう」
「いいよ。俺にできるのはこれくらいだから」
「そんな事はない」
若利の言葉はいつだって真っ直ぐで気遣いも嘘もないのが分かるからこそなんとも照れ臭い。誤魔化すように笑ってしまうのが俺の悪い癖だ。
そんなこっぱずかしさとここ一週間の出来事からつい浮かれて、ぼんやりと考えてた事を口に出していた。
「なぁ、試験が終わったら打ち上げも兼ねて遊びに行かない?」
口にして、若利の表情を見てしまったと思った。何でもないと自分の言葉を取り消すより先に若利が謝る。
「8月はバレーの試合が立て込んでいる。だから、それ以外のことは」
「悪い!分かってたのについ口が滑ったんだ。むしろテストが終わってからが本番だもんな。頑張って」
「あぁ」
謝らせるつもりはなかったんだ。これは俺のわがままで、俺はバレーに惚れ込んだ若利に惚れたんだから。
「応援してるよ」
少し得られるともっと上がほしくなるなんて、まったく我ながら油断ならないな。
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