淡々としてたんだ


朝のSHRが終わり、隣の教室へ走り込んだ。若利は俺を見るなり少し目を見開いたが、またいつもどおり真面目な顔に戻ってどうしたと声をかけてくる。朝から若利の声が聞けて嬉しい。……じゃなくて。

「どうしたじゃねぇんだわ若利」
「ん」
「インハイの初戦、来週なんだって?」
「あぁ」
「言えよ!完全にバイト入れちゃってたわ!」

若利がでる試合なら一つも見逃したくない。中学と高校、おそらくこの6年間しか俺に間近で試合を見る機会はないのだから。

「予選は歯牙にもかけない相手ばかりだ。心配しなくても勝てる」
「心配はしてない。それでも行くよ。若利が出るならそれを見たい。他のどんな予定より優先する」
「……」
「だから決まり次第早く教えろって」

本人はおそらく無自覚なんだろうが、若利が口と拳をきゅっと握っている時は何かを堪えたり隠したりしてる時だ。今のこれが照れ隠しであればいい。というかあってほしい。実は試合見られたくないみたいな理由だったらどうしよ。

「あー……。まぁ、初戦はバイト行くわ」
「分かった」
「ちなみにその次は?」

少し躊躇った顔をした気がしたが、鞄からスケジュール帳を出して見せてきた。シンプルスケジュール帳に整った文字が並んでいて、試合や練習試合の日程が書かれている。

「ありがとう」

つい嬉しくなったのは、この間の日曜日の欄に他では使われていない青色のペンで丸がつけられていたから。

「写真撮っていい?」
「ただのスケジュール帳をか」
「俺にとっては特別なんだよね」

俺の行動の真意をわかっていない若利はいつもの真面目な顔のまま頭上にはてなを浮かべていて、ちょっともう可愛い。

(参ったなぁ。格好いいはともかく可愛いって。彼女じゃないんだから)

つい頭を撫でそうになる手をなんとか肩へ持っていく。今の不自然じゃなかっただろうか。わからない。察しのいい女子なら気味が悪いと思われそうだ。

「それじゃあ、また」
「………
「ん?」
「今後は、俺からお前に報告する」
「え、あぁ……よろしくなっ」

バレーやってる時のお前が俺のこと思い出すなんてまず無いだろうけど、それでも若利の方から言ってもらえた事だけで嬉しいだなんて、我ながら重症だ。

「こら廊下を走るな!」
「ごめんなさーい!」


   ***

「まぁ言うてね。バイトのシフトなんて一ヶ月前に提出だからそりゃあ予定合わせられるわけもなくてね。やっと変わってもらえたのが決勝って」
「元々シードだから試合数も少ないしな」
「若利にとっては楽勝な試合だろうとお前が活躍してれば俺には大事な試合だ」
「そういう意味じゃない」
「何が?」
「“楽勝”などという試合はない。どの試合も全力だ」
「へぇ……お前のそういうとこ好きだな」
「……」

試合前の貴重な準備時間だ。本当は顔を合わせるつもりなんかなかった。俺は二階席でクラスメイトと応援しているつもりだったのに下にいる若利と頻繁に目が合うもんだからつい手を振ったら「降りてこい」とジェスチャーされて、気付いたらここに。他のバレー部員の視線が痛いし監督さんなんて今にも怒鳴り込んできそうだ。
まだ試合までは時間があるが入念なアップがしたいんだろう。いつまでもチームのエースをここに留めておくわけにはいかないし、最後に簡単な会話をして背中を押した。若利は黙ったまま、天童の元へ歩いていった。

「やっぱ、『降りてこい』は俺の勘違いだったかも」

いつもより素っ気なかった気がする。それもそうか、試合前じゃ気が立ってるだろう。浮かれて勘違いして降りてきた俺をその場で追い返さなかった優しさに感謝しつつ上に戻ろう。

「おやおや?白鳥沢のじゃないか〜」
「まじかよ、及川と岩ちゃんさんじゃん」
「気持ち悪い呼び方すんな」
「いやぁ友人の友人を呼び捨てにするのはなんかさぁ」

まさか対戦相手のエースともお会いするとは運がいいというか悪いというか。苦笑いを浮かべる俺に及川は更にニヤニヤ笑う。

「今日はウシワカの応援かー?」
「ゲッフォン!!及川?」
「んー?なんだよ同級生として普通の事だろぉ?」
「あー、そうだな!そうだよ!同級生の応援だ!」

中学時代に交流のあった及川にうっかり話してしまったウシワカへの淡い恋心。いくら同じバレー部で若利と面識があったのがこいつくらいだったとはいえ、中学生の俺はとんでもない奴に相談したものだ。

「まぁこの試合は俺たちが勝つから、今から励ましの言葉とか考えとけばいいんじゃない〜?」
「ははっ俺としては、しこりの残らない試合であれば結果はどっちでもいいんだけどよ」
「はー。さっきのウシワカといいお前といい、悪意がないからこそ腹立つよなァ」
「別に今のはさっきのウシワカ程じゃないだろ」
「あいつと会ったんだ」

先程遭遇し悪意のない暴言を吐かれたらしい。悪意がないなら暴言ではないのでは?そんな事を話しているうちに青葉城西のユニフォームを着た後輩が二人を呼びに来た。邪魔してしまった事を詫びて観客席に戻る。最後、及川は意地悪な笑みを浮かべていたのにはあえて気付かないフリをした。

「ねぇ、アンタ及川君と知り合いなの?」
「そういうのは言えよ。あぁあ、アタシのラインID書いた紙持たせときゃ良かった」
「俺の母ちゃんが宮城ママさんバレーやってて、その流れで学生バレーの応援やってんの。俺も手伝いさせられて、その時知り合った」
「ふーん」
「途端に興味無くすよなぁ〜」

クラスメイト女子二人はもう及川のサーブ練習姿しか見ちゃいない。俺だってそこそこのスペックだと自負しているがやはりスポーツマジック効果だろうな……
二人に倣って手すりに顎を乗せて練習を見ていたら及川がこちらに気付いて手を振った。キャーキャーいう二人の声を聞きながら手を振り返す。あの爽やかスマイルもあと数分で気迫の中に姿を隠すのだ。及川のことは別に好きじゃないが、あの瞬間は何度見ても痺れるものがある。常に緊張感を放つ若利とはまた違った気迫。

、試合終わったら打ち上げ行くでしょ」
「あ?あのバレー部一人もいないのに打ち上げとか言ってるやつ?」
「ばっか。応援頑張ったうちらの打ち上げなんだよ」
「行かねぇ。バイト入ってんだ」
「はぁ?試合後に?」
「うん。無理言って変更してもらったからさ。夜だけでも入ってくれって言われてんの」
「ふーん」

試合5分前になりアップにも熱が入る。鷲匠監督は相変わらずの俺が苦手とするでかい声で指示を飛ばしている。青葉城西は、あぁすごいな。まとめるのは及川の仕事というわけか。どちらが勝ってもおかしくない試合。

それでも、結果は下馬評どおりだった。

「あれ、もう行くの?」
「うん。次の電車で行かないと遅刻ギリギリだから。もし若利に会ったらよろしく言っておいて」
「おっけーおつかれ〜」

コートにいる若利は肩で息をしてもその顔は涼しげで、若利は───いや、白鳥沢は勝利を喜んではいないようだった。
 
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