届かない一途
高校2年の春。
前期の中間試験が始まる5日前。日直だったは、担任が教室を出た直後に同じく日直だった女子生徒を帰していた。女子生徒は申し訳なさそうに頭を下げてふらついた足取りで教室を出たのを覚えている。
「女の子は大変なんだよ」
答えを濁されるのはよくあることで、しかし嘘をつく男ではないから、牛島も理解はできないが納得してそうか、と返事をし、女子生徒がやるはずだった日直の仕事を肩代わりした。は大した業務じゃないから帰れよ、と言ったが、なんとなく一人を教室に残して帰るのは憚られたから二人のが早いだろうと無理やり残ったのだ。はありがとうと笑っていた。
「なぁ若利さえ良ければさァ、試しに付き合ってみねぇ?」
どういう流れでそうなったかは覚えていないが、そう言ったときのの不自然に浮かべた笑顔だけはくっきりと覚えている。
青春の代名詞である高校生活を送っているのだから、牛島にだって『付き合う』の意味は正しく理解できた。ただそれがあまり身近なワードではなかったことと、『付き合う』のは男女の間で起きることという固定概念があったから返事が遅れたのだ。その間もは不自然に口角をあげたまま視線を逸すことなく牛島を見ている。
「………あぁ」
付き合おうと言われて真っ先に感じたものは驚きだが、不思議なことに不快感は微塵もなかった。それどころか、いつもが愛しそうに、時に悲しそうに話す『恋人』に自分がなるのかと思うとバレーの試合前のような気持ちにさえなったのだ。
「」
嗚呼、『付き合う』とは斯くも不思議なものなのか。が過去の恋人を思い浮かべる姿に不快感を覚えて、名前を呼んだ。
その日から牛島は良くも悪くもに振り回される日々だった。は元々相手との距離が近い。それは自分にだけではなかった。ただの友人としてだと言う事は分かっている。確かに恋人に事欠かないだが、複数人と同時に付き合うことは今まで一度もないということは散々惚気と愚痴を聞かされてきた牛島が一番分かっているのだから。
分かってはいるが───
「んははっ!マジで怒られてたな!」
「うるせぇ〜普通起こすだろ!気付いてたなら!」
廊下から聞こえる声は確かにのものだ。あと数秒もすればドアの前を通過するだろう。僅かに椅子を後ろに下げれば、案の定ドアの隙間から牛島を見つけたが笑顔で教室内に侵入してきた。
「若利〜」
「」
肩に乗せられた額をぐりぐりと押し付けられるのは肩だけなくどこかくすぐったい。クラスが離れて以降減った他愛もない話をするこの時間が好きだった。女子が加わってきて僅かに気分を害したのは、そのうちの一人がに思慕していることを知っているからだ。
「今だってどこぞの女子と付き合ってんでしょ」
「今こいつと付き合っているのは───」
「若利」
「……」
何故、言ってはいけないのだろうか。は若利のためと言うが、牛島には黙っておく事の利点が思いつかない。一般的ではないからといって隠しておかねばならない理由はないだろう。
「意地悪ばっか言うから教室帰る!またな若利」
「……あぁ」
何か他に、後ろめたい理由があるのではないか。
***
「若利くん偶然〜」
「天童か」
「工と太一もいるよぉ」
偶然にも集まったのだからあえて解散する理由もないだろうと四人で昼を囲むことにした。その間も牛島の目は無意識のうちにある人物を探していることは天童しか知らないのだが。
『安心しろよ、お前のがずっと好きだぜ』
「……!」
「若利君トレー折らないでね」
食堂で見つけたはよく一緒にいるクラスメイトに甘い言葉を吐いたり、昼飯を、相手のスプーンからそのまま口に運んだりと牛島を動揺させる行為が多発していた。二度目の『あーん』を聞いたときは思わず立ち上がってしまったが、周囲に宥められなんとか落ち着きを取り戻した具合だ。
一日が終わり、寮内で宿題をしていると突然スマートフォンのディスプレイが光る。
「……ん」
相手の名前を確認してからシャーペンを置き全文を確認すると、休日に会えないかというものだった。カレンダーに書かれた練習試合の文字が今は少しだけ疎ましい。
[近くの大学へ練習試合にいく]
[わかった。また声かける]
はいつも引くのが早い。駄々をこねたところで予定が覆るわけではないが、こうも早いと他にも声をかける相手がいるようで嫌だ。
[夕方なら会える]
[会えるなら嬉しいけど、疲れてるだろうし無理しないでいいよ]
[よくやる相手だから問題ない。会いたいと言うのなら会おう]
当日の疲労や自主練など知ったことではない。せっかくからのお誘いを無下にする気は微塵もなかった。
***
「えぇ。若利君なんか今日いいことあった?」
「何故そう思う」
「見りゃわかるよなんかソワソワしてんもん」
「そうか」
「クンでしょ」
───ダァンッッ
サーブは見事ホームラン。監督からは目瞑ってもそうはならねぇと怒鳴られ、あまりに珍しい事に部員からはものすごい視線を向けられたが、それらの事はいっさいどうでも良かった。
「から聞いたのか」
「まっさかぁ。あの子が言うわけ無いじゃん!若利君見てたら丸わかり」
「……」
「大丈夫だよ他の子はクンのこと知らないって」
それで彼と何があったのとしつこかったから、「部活のあとと会う」と素直に答えれば「デートだねぇ」と冷やかされ、サーブはネットのど真ん中にぶち当たった。
「それじゃあ、さっさと終わらせよっか」
「いや。手は抜かず、一本一本を大切にしろ」
「もちろーん」
そう言った自分の言葉を違えたのは、最終セットのマッチポイント。長引くラリーにしびれを切らし相手のスパイクに対し無理やり左手を伸ばしてしまった。相手からはあの位置から取るとは思わなかったと言われ、監督からはあの位置で取るなと言われた。無理やり伸ばして力を込めた左手でセットポイントを獲得したが、それと引き換えに左指を痛めた。
「牛島先輩、手当を──」
「必要ない。今日はもう上がるから、最後の片付け頼んだぞ」
「え?自主練しないなんて珍しい……」
「早く行きな〜怪我を放置するわけにはいかないからね」
「?医務室に立ち寄る気はない」
へらへらと笑う天童に見送られ待ち合わせ場所へと駆ける。指に響く痛みも、スマホも見ず牛島を待つを見つければ何も感じなかった。
「」
「来た」
「すまない、時間に遅れた」
「全然。むしろ忙しいのにごめんな」
「いや」
突如差し出された両腕との匂いのする衣類につい動揺したが気付かれてはいないだろう。触れ合う指が離し難く、わざとゆったりとエナメルを引き取る。
「若利」
「なんだ」
「飯食いに行く前に薬局寄るから」
「………」
何故、バレたのだろう。
利き手でエナメルを受け取らなかったからか、背後に隠した左手が不自然だったのか。うまく隠しきれなかった悔しさはあるが、それとは逆に見つかった事に喜びを感じてしまう。
「俺テーピングなんか自信ないけど、若利自分でできるよな?」
「……。利き手だから難しい」
「まじかよ〜じゃあどこか座ってからやるからそれまで少し我慢な」
テーピングなど造作もないが、被せられたフードからの匂いがしてつい嘘を付きたくなった。
その後、焼肉屋についてから匂いがつくからとパーカーを脱ぎたがる牛島と目立つから着ていてほしいでちょっとしたいざこざが起きたのは言うまでもない。
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