「ここは静かでいいだろう」
「……ア?」
風が吹けば木々が揺れ青々とした葉の重なる音が心地いい。いまだ外れない包帯のせいでやってきた男の姿を目視できないが、この小せェ声はあの長身のものであったはず。そんなの予想通り片手に本を抱えた長次が静かにの横に腰を下ろした。
「……」
訝しげに睨み付ける男を気にも止めず長次は手に持っていた本を手渡した。
「本とは。片目が見えない俺への嫌がらせかなぁ?」
眉を下げても口元がくっきりと上がっていれば悲しみなど微塵も抱いていないのがよくわかる。
「動けないのは退屈だろう」
「だからって俺は本を読む人間じゃねぇ」
「人間、か」
「なんだよ」
乱雑に放られた本を見てぴくりと眉を寄せたが、彼から発せられた意外な言葉につい口を挟む。
「……お前が自分を人間だと自覚しているとはな」
「あっはー!俺はか弱い人間だぜ?相手が何考えてるかわかんねーから怒りを買うのはお手の物だし、喧嘩は負けねぇ任務も失敗しねェ、体力も腕力も人より優れてるが、弓矢一本で目は潰れるし、無敵じゃねぇ。知り合いだって平気で盾にするし些細な事で我を忘れる、」
ただの人間だ。
少しずつしぼんでいく声や、おとなしくなる瞳をみなに見せてやりたい気持ちになるが、きっと彼の矜持が許さない。
自分に微塵の敵意も向けない中在家長次の前だから見せたのかもしれない。気まぐれか。本当のところは分からないが、捨て置かれた本が傷ついていないか確かめながらまとめて隅へやる。
「……錫高野の肩に、後遺症は残らないらしい。しばらく安静にはしなければならないが、また元通り動かせる」
「…………ふぅん」
それがどうした。片肘ついてつまらなそうに言う男の目はまた普段通り全てを見下したように尖り、足元の蟻の行列を踏み潰している。
「もそ、そろそろ検診の時間だ。医務室に戻れ」
そういって無理矢理本を持たせた長次は来た道を戻っていった。
舌打ちをしながらも持たされた本は、医務室で退屈そうに寝ていた与四郎にひどく喜ばれた。
***
「「あぁ!!」」
「よぉ~仲良しこよしの双子ちゃアん」
にたにた笑ってひらひらと手を振るはもう完全にいつもの様子で、顔の半分を覆っていた包帯は目の回りだけを覆う布に代わり、そこかしこにあった傷も殆ど消えていたのだが、目を離せばまた傷を背負って帰ってくるからと進言した与四郎のせいでいまだ忍術学園の監視から離れられないでいた。
つまり退屈なのだ。
「お前まだ腕にそんなの巻いてるのけ」
「触ん、な…!」
木の上から留三郎の腕をめがけてまっすぐに下りてきたものだからつい反応が遅れ、いまだ癒えない腕への接触を許してしまう。痛みに顔を歪めるのが大層お気に召したらしく追撃しようとしたところを横から文次郎に掴まれる。
「……ァア?」
掴まれた腕を引いて、文次郎が一歩前に引っ張られたところに足をかけバランスを崩し、そのまま流れるように背負い投げを決める。うまく受け身をとった文次郎の足がの顔面を狙うが、顔の傷を見てその動きは止まった。
「……生ぬりぃなァ」
「うるせぇ」
文次郎の気遣いも本人にとっては余計なお世話で、足が止まった文次郎の顔面を踏みつけようと片足をあげる。そこを左側から鉄双節棍で殴り付けようとするが、見えていたかのように腕のなかに仕込んだ手裏剣を打たれ、振るった鉄双節棍は防御のために使われた。
「…左目は見えないんだろ」
「あっは!何度も言わせんな。ぬるいんだよ」
「ヴッ!」
空いた左手をピン、と弾かれ眉を潜める。“痛み"の分からない彼はいつも、誰に対してもこうして人の痛がる顔を観察する癖があるのだと、前に錫高野与四郎が話していたことを思い出す。
「わざと足を大きくあげ隙を作ったんだ。視界にもう一人がいないなら死角から攻撃してくるなんて分かりきった事だろ」
「なるほど、俺はまんまと罠に嵌められたんだな」
「やりがいのねェ奴等だぜ」
苛立ちをぶつけるように体を起こそうとしていた文次郎に思いきり蹴りをいれる。
鈍い音がして前に倒れた文次郎は先程よりも余程怒りに震え、殺そう、と呟いた。
「あっは……!」
それに応じたようにが笑い、再び喧嘩が始まろうとした所で土井半助が待ったをかけた。いい加減にしなさいと言うが、いたのならもう少し早く声をかけてくれれば…、と痛む左腕をさすりながら心で唱えた。
「君ねぇ…教員が見張りにつくって知っててもそういうことするのか」
「関係ねェよ」
べぇ、と舌を突き出し、見るからに煽る行為に乗せられた二人の襟を掴み制しながら、彼の手綱を操れる人たちに、胸の内に敬意を表した。
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