長い時間にも感じたが、そんなのは不愉快さからくる錯覚で、実のところ四人が顔を突き合わせて話していた時間はほんの数秒だったのかもしれない。

「でやあああッ」

そうでなければこれ程数に差のある敵が襲ってこないなんてありえないのだ。

「ハハッ!」

襲い掛かる刀を素手で奪い、その腕をへし折って刀を奪い切り捨てる。
一人きり伏せたところで、まだ代わりは数え切れぬほどにいるのだ。

「………」

陣笠の下に人の顔はない。獣と言えば言葉が足りず、悪鬼というにはなんとも能面のような表情で、不気味なまでに上げた口角はゆっくりと開いていく。


「────殺す」

目の前で刀を振り上げる男に陣笠をぶつけ視界を遮り、そのまま体を真っ二つに切り伏せた。

「アッハハァッ!」

浴びる返り血に怯みもせず、自身の薙刀を振るい、敵から奪った刀を投げ、体内へ隠していた暗器を惜しみなくお披露目する。誰かが鬼だと呟いた。普段と変わらぬその戦いぶりの中、いつもと違うのはそこに恍惚の表情はなかったことだ。

「つまらんつまらんつまらんッ」

震える足をなんとか動かして逃げようとする武士は、いつの間にかその足を無くし、悲鳴を上げる前に首が落ちていた。そうして浴びた血はこれで何人目か。普段は楽し気に頭の中に浮かべる正の字も今日はない。

土が吸いきれなかった血の池に怒髪冠をつく己の形相が映っていることなど、知りもせず。


   ***

怪我人が担ぎ込まれた医務室は騒がしく、中から聞こえる怒号に廊下に零れる血を拭いていた小松田が肩を震わせた。

「いい加減にしろ!君が動けるわけないだろ!」
「うるせー!が一人なんだべ!?誰があいつ見張んだッ」

最初に声をあげた伊作が自分のしたことに眉をひそめる。張り合うように声をあげた与四郎の肩からまた血がにじんでいるのが見えて、まずは落ち着けようと息を吸い宥めるようにゆっくりと口を開く。

「いいかい?君が助かったのは間一髪だったんだ。もう少し治療が遅かったり、傷口がずれていたら左腕は使えなくなっていたんだぞ」
「くっちゃべる時間があんならさっさと俺の装束を持ってきてけれッ」

伊作の脅しも豆腐に鎹。何かに突き動かされたように戦場に戻ると言ってきかない与四郎にとうとう新野が苦言を呈する。

「今のあなたが行って何の役に立てますか」
「……」
「寝ていなさい」
「それでも、行かせてさっせぇ。あいつ一人じゃ」
「……の実力を一番知っているのはお前だろう」

何をそんなに恐れている。医務室の障子の前であぐらをかき、もそもそと問う忍の卵にむけた目線は厳しく、分かってねー、という声は不機嫌そのものだった。

「オメーらももう知ってんべ、あいつは痛覚がねー」
「……」
「それに、俺がやられた。あいつがいたらつけあがるなと言うだろーが、あいつは普段より冷静さを欠いてるはずだ」

まるで男を心配するような口ぶりに、ここにいる彼以外は誰も同情が出来なかった。殺しても死ななそうな男だし、何より彼を『思いやる』気には到底なれない。返事ができないでいる三人をよそに、新野は薄い笑みを浮かべ錫高野の名前を呼ぶ。

「冷静さを欠いているのはあなたも同じです」
「え?」

言葉の真意をつかみ損ねていると、ふと障子の向こうから人の気配を感じた。思わず仙蔵と長次が構えたのはむせ返るような血の匂いを感じたからだ。

「入って」

伊作の静かな声に答えるように障子が静かに開けられ、手についた血が障子がゆっくりと赤く染める。

「………ッ!」

最初に入ってきた小平太の深緑色の制服は血で黒く染まっていて、ただこれだけの血を浴びていながら動けるのだから殆どは返り血だろう。胸をなでおろしたのは一瞬で、後ろから体を引きずるように入ってきたがこの濃い血臭の原因と知った保健委員の二人は慌てて立ち上がり医療道具を準備した。

…ッ」
「よぉ与四郎、元気そうだなァ。おめーがサボったせいで俺はくたくただァよ」

相手に声が届かなくても構わないのか、独り言のように落とされたかすれ声には珍しく相州弁が含まれていてひどく弱々しい。

「バカだなぁおめー…忍としての自覚が足りねーよ」
「ハッ、早々に戦線離脱したくせによおく言うぜ」

動かそうとした左腕はあがらず、少し体をよじって右腕をの頬につける。その手を伝って流れて来る血液はまだ止まることなく、まるで彼の顔色を吸い取るように鮮やかな赤色をしている。

「………痛くねーのけ」
「当たり前だ」

誰に言ってんだと口角がゆるりとあがると、それにつられたようにその潰れた左目も生々しい音を立てながら形を変える。止血や手当の用意を済ませた新野達に連れられるまで、誰も二人の会話に口をはさむことはできなかった。




教員ですら手を焼く実力者でも無敵ではない。圧倒的人数差を前に無傷では済むはずがなかった。虫の知らせとでもいうのか、嫌な予感に突き動かされた留三郎が向かった先には、それこそ手負いの獣のように相手を蹂躙し、一瞬も休むことなく武器を振るうの姿があった。

『おいッッ!』

虚ろだった目に光が戻ったのは、戦意を喪失した敵が逃げ出し、持っていた苦無が留三郎の左腕に食い込んだ後だった。自分のしたことに気付いたのか、静かに苦無を抜いて、あとはただ留三郎の言葉に従って学園までたどり着いた。




こうなることを誰が予想しえただろうか。

忍を警戒していたかのように厳重に手配された奇襲部隊。風魔学校の誇る錫高野与四郎の早期離脱。それに伴って戦線を離れた忍術学園の三人。圧倒的不利な状況でも任務を成功させたのは他ならぬの手腕によるものだ。
だがこの作戦の誤算はこれだけにとどまらなかった。

の左目は外傷により失明した。

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