「あっはー。そういや数が少ないと思ったらお前らがいなかったのか! 」

作戦当日。一足先に天唾の術をかけるべく先に向かった仙蔵を除き、学園にいた長次と小平太、与四郎とが任務地へ赴くと、療養のため別地にいた残りの三人と合流した。

「体調はもうでーちょうぶなのか?」
「あぁ、問題ない」
「何イラついてんだよ」
「おめーが場をかんますからだ」

与四郎の左手がスパンと心地のいい音を立ての後頭部をひっぱたくが本人はそんなの気にすることもなく──そもそも痛覚がないのだから気付いていないのかもしれないが──いつもの人を愚弄するような笑みを浮かべて、こちらを睨む文次郎に中指を立てる。

「作戦については、おさらいする必要あるか」
「ねェな。赤旗を殺す。以上だ」

至極単純に言えばそうなのだが、この作戦の目標は殲滅ではなくあくまでツキヨタケ城の持つ砦である赤瓦城の陥落。人を殺めずに成せるならそれに越したことはないのだが今更この男にそんな正義感のようなものを説く人物はいない。

「敵本陣だけでもこちらの三倍近くいるらしい」
「だけでも?」
「あぁ。仙蔵が、本陣の他に少数の奇襲部隊が用意されていると伝達があった」
「どの方角からだって?」

伊作の問いに文次郎は首を横に振る。これだけ大規模な戦だ。向こうも内通者を警戒して公にはしていないらしい。

「それを探るのが忍だろォが。役に立たねぇな」
「テメぇ…!」

掴みかかろうとした文次郎を留三郎と伊作が、嬉々として応戦しようとするを与四郎が押さえつける。

「お前ら、少し身内を貶したらすぐキレるのな」
「おー、おめぇもう黙れ」

底冷えするような与四郎の声に冷や汗をかく五人を他所には更に高揚した様子で笑う。

「もういいからさっさと殺ろうぜ。テメェらは俺に何も指図するな。俺たちはそっちの学園長に言われた事を守るだけだ」

ぐらり。体の重心は大きく横に傾いていく。何が起きているのか頭を回したがもう遅く、しまったと顔をしかめる錫高野与四郎を腕に抱えたは倒れるように崖の下へと消えていった。

「先に行ってるぜェ」

崖の下に広がる血の池とも違わぬ戦場へ落下する男の声は、張り上げてもいないのに嫌に耳についた。


   ***

むろん鵯越の逆落としのような真似ができるわけもなく、獣道を駆け降り戦場へ足をつけた時にはそこに二人の姿はなかった。
どこまでかき乱すんだと悪態をつく暇もない程に場は混沌としている。やはりある程度規模のある戦だ。だからこそ足軽として忍び込みやすいのだが、敵との戦力さを考えると一分の気も抜けない。

「敵の数を減らせるに越したことはないが、まずは“こちら側”の戦力が減らないよう気を付けよう!」
「あぁ、仙蔵が奇襲部隊の様子を探っている。怪しい動きがあれば矢羽音が飛ぶはずだ」
「分かった。……あぁくそ、それにしても動きづらいな」

足軽鎧とはいえ、重量のあるそれは動きづらくまた陣笠のせいで視界も悪い。今回の戦では忍術学園の関与を気付かれないようにしなければならない為、あのですら指示に従って甲冑を着ている。

「でェいッ!」

袋槍を振るう文次郎が羨ましいと留三郎が睨み付ける。その手には得意武器の鉄双節棍ではなく刀が握られている。苦内や縄縹も同じく、武士が持つ武器にしては不自然だからと緊急時以外使うことを禁じられたからだ。

「とにかく、奇襲の気配がないうちに少しでも数を減らしておこう」

場を宥めるようみなに声をかけ、本当なら治療に使いたいその両の手で武器を振るった。


   ***

「………!?」

風を揺らす音に反応し顔をあげる。
矢羽音だ。
何か伝えようとしていることは分かっても如何せんこの騒音の中では細かな内容を聞き取ることは至難の技だ。

「フッ!」

それも自身の命を守りながらとなると、尚更。

「今のはおめーんとこの矢羽音でねーのか」
「あぁ。仙蔵だろうな。だとすると……」
「たしかに状況をかんますなら今が一番だろーな」

戦慣れした六人の忍と化け物じみた男が一人いるのだ。人数差を物ともしない戦況に味方の気力が高まっている分、今敵の増援が知れれば途端に士気が下がるのは目に見えている。

「ともすればッ」

見慣れない形に指を折り、己の口へ含む。風魔の使う矢羽音の一種なのだろうか。鳶の鳴き声によく似た指笛が戦場に響いて、数分もしないうちに不服そうな顔をしたがやって来た。

「与四郎、テメェの間の悪さは天下一だぜ」
「そうけ、そりゃーお楽しみのところ悪ィが“仕事”だーよ」


声を発するまで本人か分からない程の返り血を顔に浴び、今だ興奮冷めやらぬと腕を小刻みに震わせる男は辛うじて残る理性で自我を保ち、甘やかしなら一人でやれ、と錫高野を罵る。

「仕事?今更何の事を言って───」
「留三郎ッ!」

言葉を遮り肩を引かれなければ、目の前をかすり抜けた矢は右の目玉を貫いていただろう。小平太に礼を言いながら顔を向けた先には恐れていた奇襲部隊の影があった。

「……急いで片付けなければ」

ぼそりとこぼした声を誰が拾えたかは分からない。皆一様に焦りを覚え、この戦を敗北に終わらせまいと武器を振るうが、体力というのは無限ではない。重くなる腕や荒くなる息がさらに焦りを生み、忍の卵に余裕を失わさせていた。


「…………ハッ、馬鹿が」

の刀がぶんと風を鳴らし投げられた。
刃を向けた先に中在家長次がいるのを確認した伊作が血相を変えて叫びをあげるより先に、刀は血を吹き出して突き刺さり、長次の背後に立つ足軽の喉を貫いた。

「……!?あいつ、長次を守ったのか……?」



ッ!!!」

今まで聞いたこともない切羽詰まった与四郎の声に反射的に顔を向ける。

「……………アァ」

の後頭部を狙う弓矢は吸い込まれるように頭蓋骨に狙いを定め、矢の位置を確認しようと振り返る時間もないようで


「……ッ」

その足元は、一瞬で鮮血の赤一色となった。

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