「グッ…!?」

もうの姿はどこにも見えず、脇腹を襲う腹痛と揺れる視界が感じる全てだった。
その後も六年生の総力を持っての動きを封じにかかるが、どこを切ろうとも打とうとも、微塵も鈍さを見せない男に無意識のうちに畏怖してしまう。

「こいつ、痛みを感じないのか!?」
「その通り」

距離をとったつもりが、かえっての懐に飛び込んでいた。先回りされていたのだと気付いたのも遅く、仙蔵は殴られた衝撃で胃液を吐いた。

「はー……六対一で、俺の不意打ちをついて、優位にたったのも束の間。呆気なく形勢逆転。こういうのを藪をつついて蛇を出すって言うんだろ」

息を整える6人を見下しながらはあぁと息を吐く。

「あとは、デジャヴとも言うなァ…」

この男の意味のわからない発言はいつものことだから、誰も深くは気に止めなかった。この男との実力差しか考えていないから、どこか焦りの表情を見せるその顔に、誰も気付きはしなかった。

「いけいけどんどんッ」

両手に握る苦無に込めた殺気にの口角はさらにあがる。
全身に浴びる殺気が快感だと言うように、男は恍惚の表情を浮かべ拳を振るうのだ。その手に武器は握られていない。
顎を殴られ視界を揺らす小平太を蹴り飛ばしたに追撃を加えるのは口や額から血を流し瞳孔を開いた犬猿二人だ。

「この野郎」
「いい加減にしろよ…ッ」
「あっは……っ 最高!最高!最高!」

二人から感じる強い殺気に僅かばかりにあったの理性も飛ばした。


左からくる鉄双節棍はパシャンと高らかな音をあげての手の中に収まった。骨の一本くらい折れたんじゃないだろうか。そんなことを考えている間に掴まれたままの鉄双節棍を引っ張られる。

「なぁ食満、やっぱり戦いに理性は要らねェよ」

煽るように、確かめるように、その声はじっとりと耳を這う。

「何、を…!」

絞められた喉では抗議の声もまともに出ない。チカチカと光る視界から解放させたのは文次郎が男の腕に袋槍を突き刺した時だ。

「もういいだろう。終いだ」
「仕舞い?」

咄嗟に袋槍を握り直さねば、持っていかれるところだった。自身の腕が痛ましい音をあげ血を流しているのに見向きもせず、留三郎の首から離された手は次の標的と向き直った。

「仕舞いを決めるのは俺だお前じゃないッ!」

鋭利な刃物から引き抜かれ、そして殴り付けた右腕は遠慮なく血を流し辺り一帯は否応なく真っ赤に染まる。

「お前らが!俺に!指図!するなッ!」

口は大きく弧を描いてもその目は微塵も笑ってはいない。
何か地雷を踏んだんだと、殴られ続ける頭の片隅で冷静にを見据えるが、その視線が余計に男を苛立たせていることに気付きはしない。

「死ねよォ……」



「止めろッ!!」

空気が、風が、草木が、波紋を打ったように震え皆の動きをぴたりと止めた。

「………ぁ、は」

溜め込んだ空気を溢すように笑って、掴んだ左手は文次郎から離される。

「…っ、……」

緊張の糸が切れたのか、起き上がることもなく横たわる文次郎の身を案じて留三郎が駆け寄り、仙蔵が狼煙をあげた。
皆の視線が集まるその中心で、は定まらない視点で地面に跳ねた誰かの血を見つめていた。

、今回の依頼を忘れてねーよなぁ?」
「覚えてるさ、だから素手なんだろォ?」

もはや誰のとも分からぬ血で真っ赤になった手をひらひらと揺らし、錫高野の元へ歩み寄る際、気配を殺していたのであろう、教師陣が音もなく現れその獣を拘束した。

「あっは、これくらい全力でかかってくれると嬉しいなァ」

そう言って笑うを力一杯殴り付けた山野は満身創痍である忍術学園六年生に詫びをいれ、急ぎ山を降りた。残された六年生も、重傷な者らは教師陣によって担ぎ運ばれ、最終的には罠を外すと言い残った留三郎と、彼の身を案じたした伊作、与四郎の三人が残った。

「それにしても…、お前の言葉には耳を貸すんだな」

煽るような、皮肉めいた言葉にも、与四郎はただ眉を下げて控えめに口角を上げるだけだった。


「まぁ…これも作戦のうちだーよ」
「?」

何か言ったかと聞き返しても含み笑いを浮かべてはぐらかされては深追いもできないだろう。いまだにずきずきと痛む腹を擦り、男の真意を思案し山を下る。

「今度の任務、なんだか嫌な予感がするよ」

同室の言葉も、否定するには心がざわめいていた。

深紅の盃に墨
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