「……っ重い!」
この際奴の足が階段を引きずってしまうのは諦めてもらおう。第一自分より大きい相手を持ち上げる余力は残されていなかった。なんとか階段を上りきり地上へあがる。一息つこうとを下ろした時、前方から残党兵が半狂乱になって駆けてきた。どうやら彼らの“しのぎ”は全て駄目になってしまったらしい。伊作たちが成功させたんだと喜ぶのも束の間、今襲われては勝ち目がないことに気付く。
「いけいけどんどーん!」
暗く地塗られた屋敷に不釣り合いな陽気な声が今はどれだけありがたいか。一人も残さないと言わんばかりに苦無を振り、相手を殴り蹴り飛ばし。音を聞きつけやってくる応援をものともしない。
「留三郎は小平太の手助けをして。この男は、僕が運ぶから」
「伊作!?」
留三郎の言葉も待たずを担ぎ上げ出口へと向かっていってしまった。頭が追い付かぬまま言われた通り小平太に加勢をすると二人をもってしては大したことなくその場はすぐに収まった。
「ふぅ…小平太らが見つけてくれて助かった 」
「まぁな!あいつだけなら放っておこうかと思ったがお前がいたしな!」
「小平太が意外なことを言うな。お前もあいつが気にくわないか?」
六年生の間で、の話は暗黙のうちに禁止されているが、この状況ならばと問うてみると小平太は間延びした返事の後に
「草木なんて、放っておけばいつかは枯れるだろう。だがあいつは、触れるもの全て枯らしてしまいそうだ」
小平太の言葉に、留三郎は何も言えなかった。ただ小平太が小難しいことを喋ってる、と混乱を隠すあまり尚更言いたいことが伝わってこない。この男も大概阿呆である。
***
「一方その頃こちらでは」
「誰に喋ってるの…というか意識が戻ったなら自分で歩いてくれよ」
体中むせかえるほどの血の臭いをまとった大男を担ぐのは楽ではないし、むしろここまで不運に見舞われることなく来られたものだと己を褒め称えたい心持ちである。
「それより線香爺君、右腕の血が止まらないぜ」
「善法寺だよ!」
「そこにいたのか」
敵地で大声を出すことを咎めながら現れたのは文次郎と長次。この二人がここにいるということは首領を縛り上げ両校に鳥を遣わせたのだろう。
「丁度よかった、伊作、血止め薬は持っているか?」
長次が指差した先、文次郎の左腕は布を巻いたくらいでは押さえきれないらしく真っ赤になった左腕があった。
「今にも使うところだから文次郎も座って」
「おいそいつ…大丈夫なのか…?」
生々しい傷の跡を見ればよほど痛め付けられたのがよくわかる。弱音の一つも吐かずにいるのが不思議なくらいだ。
その上、文次郎が遠慮するような血止め薬──先代の保健委員長によって悪意を込めて作られた効果に比例して激痛を伴う───を塗られても平気な顔をしているのが文次郎には不気味で仕方なかった。
「何だ、知ってんのはあいつだけだったか?」
この期に及んでもまだ笑う余裕があるらしい。全身に浴びる血のせいか、背筋が凍るような笑みを浮かべふらりと立ち上がったのは、仕事が片付いた他の面々が集まった頃。
「!」
大声で名を呼んだのは皆が意外そうな顔をする立花仙蔵だった。
「その怪我は、私のせいだ。申し訳ない」
「…そう思うならそこから動くな」
の声は先程とはうって変わって冷たいものとなっていた。
「そうはいかない。“それ”は全て破棄せよとの事だ」
破棄すべき“それ”とは言わずもがな阿片だろう。奴が持ち去ってどうするつもりなのか、誰に渡すつもりなのか、それがどういうものか分かっているのか。聞く間もなく男は崖を飛び降りた。
「待てッ!」
「動くなと、忠告はしたぜ?」
突如目の前が熱くなる。奴が宙で投げてきたそれは炮烙火矢、それも仙蔵の所有するものだった。
「あの男…ッ!」
『行け』と投げ飛ばされた時、懐から抜き取ったのだろう。見事なスリに感心している場合ではなく、一刻も早く崩れる邸から逃げねば倒壊する。捕らえた首領の首根っこを掴み命からがら逃げ出したときには、もう邸もそこに横たわる死体も、ましてやの姿も無くなっていた。
尻尾も見せない
「……学園長には、私から報告する。いいな」
任務は無事終わり、を除けば大きな怪我を負った者はいない。それでも明るい顔を見せない仙蔵に、小平太は他人事ではなかった。
嫌悪、軽蔑、畏怖。この感情に名前はあるのかは分からないが、奴に一目置いたのは確かだ。決していい意味とは、言えないが。
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