遠くから僅かに矢羽音が鳴る。それを拾った中在家長次は現在浪人に扮し町を練り歩いている。

「……留三郎が西の海岸で声をかけられたらしい…」
「………」
「私たちはこのまま、北の関所の裏路地まで向かう。いいな」
「………」

何と問われても先程から無言を貫くのは仏頂面で周囲の商人ににらみをきかすだ。普段は温厚で寛大な中在家長次もため息を漏らす。

「……もう少し行動を慎んでくれ」
「悪いが諜報ならお前らだけでやってくれる?俺そこの茶屋で昼寝してるから」
「待て。それに茶屋は寝る場所ではない」
「離せよ泣かないで王子」
「……『中在家長次』だ。器用な間違いかたを───」

言いかけた言葉を飲み込んで僅かに耳をたてた。

「ようやっと招待されたかァ?」

舌なめずりをするについてくるよう促す。勿論に断る理由はない。浮き足立つのを堪えきれず口角をあげたまま出向いた先には立花仙蔵と潮江文次郎が身を潜めていた。

「留三郎を餌に密売商人の根城まではたどり着けたが、様子がおかしい」
「……あぁ。あまりに容易すぎる」

阿片の密売に手を染め、ここまで大きくした組織がこれほど容易に忍を通してしまうなど不自然であり、仙蔵と長次が怪しむのも理解がいく。

「罠だろう、都合のいい場所に誘き寄せられている」
「怖じ気づいたか?罠だとしても素性が割れた以上戻ったところで、だろ」

忍装束をはためかせながら薄暗い森の中をひらりひらりと進んでいくの後ろ姿に仙蔵は大きなため息をこぼした。

「拾えの言う通り誘い込まれてるなら、袋の鼠になるまえに二手に分かれるのが最善だな」
「“拾え”とは俺のことか、
「堪えろ、文次郎」
「私たちの名前など覚える気がないのだろう」

口では他愛もない内容を話しているが、その裏で三人は矢羽音で作戦を組み立てた。
仙蔵はこのままを囮として敵に誘われるまま進み、文次郎、長次は途中にあった分岐点まで戻り迂回する。敵の根城に単騎で侵入した留三郎を回収するためにも分かれての進軍は効果的だ。
勿論そんな作戦がたてられてるとは露知らず、後ろの三人を置いて前へ前へと進む男の前に、ぶ厚く隔てられた戸が現れた。巧妙に隠されていながらわずかに見えるそれは明らかに罠だった。

「さてさてなァ」

入ってやろうか避けてやろうか、一人思案を巡らせている間に後方にいた仙蔵も横にな並んだ。

「なんとも中途半端な隠し方だな。見つけてくれと言わんばかりだ」
「どうだ?」
「決まっているだろう。これは誘い込むための罠だ。大方、入ればすぐに居場所が知られ敵が集まるだろうな」
「は?ウゼェな、俺が聞いたのは入る勇気があんのかないのか、だ。お前のいらん推測なんか聞いてねぇ」
「な…ッ!貴様、どういうつもりだ!」
「ここにきて小賢しい真似しようとするなよ、正面から出迎えて戴こうぜ」

仙蔵の返事は待たない。どうせ否と言ったところで引き戸は開けられると分かっていたからもう何も言わない。ただこの男への怒りに歯を噛みしめ後ろからついていくだけだった。

案の定、中へ足を踏み入れた途端殺気を漂わせた敵に包囲されていた。

「数が多いな……ッ!」

圧倒的な人数差の前には優秀な忍も腕が立たない。手裏剣も打ち、焙烙火矢を投げても後方からまた新たな敵が駆けてくる。
身を庇うときに左腕を痛めたらしい。明らかに不利な状況のその中で、唯一笑う男が仙蔵の背に声をあげた。

「あっは、行けよ。どうでもいい男のために駆け回るよりここで大人しく暴れてる方がずっといい」
「意味の分からんこと言うな!お前も早く……!?」

言葉は遮られ体は軸を失い宙に浮いていた。

「俺に指図すんな」

目前にまで迫っていたに投げ飛ばされたのだと気付いたときには、柵は降り戻ることはできず、大勢を相手に仕込み刀を振るう男の背に舌打ちを落とし仙蔵は一人奥へと進んでいった。


   ***

「……敵は、かなりの大所帯のようだな」
「あぁ、これだけの人数を雇う程の稼ぎがあるのなら尚更潰さねぇとな」

口のなかに溜まった血を吐き出す文次郎に長次は何も言わず視線を飛ばす。

「分ァかってる、無謀なことはせん」
「……留三郎の安否が気になるのは分かるが、ただ焦っても功は成さない」
「あいつの心配はしとらんッ!」

威勢のいい声と同時に袋槍は敵の喉を貫いた。

「ただ、から長いこと目を離したくねぇだけだ」
「……」

長次はまた何も言わない。文次郎の言葉に思うところがある。任務につく前、あの小平太が珍しく静かであったのだ。どういった具合か尋ねたところ、不安とも、喜びとも疑念とも形容しがたい顔でこう言った。

「あの男はどうやってできたんだ?」

言葉の意味が分からなかった。いや、今だってよく分かっていないが、分からないと突き放すにはなんとも酷な様子だったので

「私たちと同じく四足歩行から始まったのだろう」

と答えれば

「流石のあいつも生まれてすぐ立ってはいなかったんだな!」

と笑い、いつも通りいけどんに気合いをいれていた。

「……どうやらあそこから侵入出来るようだ。早いところらと合流しよう」

文次郎はいつになく低い声で応と答えた。


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