どこからか吹く風は季節に似合わない暖かさを含んでいた。

「本っ当に。どこもかしこも生ぬるいなァ……」


そう落とした独り言も、風に乗せられどこかへ消えていく。


   ***

「学園長先生!せめて事前にひとこと言ってからにしていただけませんか!?」
「だってぇ、教えたら嫌って言われるもん。上手く理由をつけて逃げたりな」
「んぐ……」

まぁ正論だな。学園長に抗議する仙蔵の姿も、小平太にとっては他人事だった。前回の合同実習で関わりがなかったからだと言われればそれまでだが、小平太自身あの男にそれほどの嫌悪感は抱いていない。強いて言えば敵の大将首を持っていかれて悔しい思いをしたくらいだ。
仙蔵だって同じくらいの認識のはずなのに、何をそこまで嫌悪しているのか到底分からない。嫌悪というより、軽蔑?畏怖?欠伸を噛み殺し、この水掛け論が終わるのを待っていたがあまりにも退屈すぎた。

「ところで、奴はいつ頃ここに着くのですか?」

話に割ってはいると学園長は楽しそうな笑みを浮かべ「もう近くまで来ておる」とお茶を啜った。
それならばと立ち上がる小平太に裏山へ、と外出許可証を差し出した学園長の意図は誰にも分からない。


「小平太」

神妙な面持ちで呼び止めた留三郎は小平太同様外出許可証を手にしている。
前回が此方へ来たときに留三郎は奴と戦ったと聞いた。今回も出番を持っていかれてはたまらないと口を尖らせ睨みを利かせるが向こうもひかない。

「俺も同行する」
「何で。お前は前回十分楽しんだだろ」
「『楽しんだ』?……はっ、何言ってんだ」

今の言葉はきっと小平太に向けた言葉ではない。前回の戦いは決して楽しい結果はなかった。全てあの男が仕組み、あの男が楽しむだけの噛ませ犬にされた気さえする。
……まぁ、全力で戦ったことに対する羨ましさを抱く小平太にはどれも自慢にしかならないことはわかっているため口にはしないが。

「……なんと言われようとついていく。裏山は広いから別行動になるが、見つけたら矢羽音で知らせろ。いいな」

しぶしぶ、本当にしぶしぶながら応と答え裏山へ駆けた。留三郎の持つ外出許可証が学園長から出されたものでなければ振り切ってでも一人で行ったのだが。


   ***

「お、あいつだな」

裏山へ入り半刻はたっただろうか。学園の所有する広大で、更にあちこちに仕掛けを施された山の中を探し回るのだからもっと時間がかかると思ったが、どうやら本人が動き回っていないのが幸いしたらしい。
咄嗟に声をかけようとして先程の留三郎の言葉を思い出した。約束は約束だと矢羽音を飛ばし留三郎もこちらに向かわせる。

「よう!」

声に反応し、ぐるりとこちらを向いた目玉は夕日の赤を吸い込んだように真っ赤で、大きく開かれた目は小平太から外されることはなくじぃと彼を観察するように見つめていた。

「……誰だお前」

決して冗談ではない。彼は七松小平太を知らないのだ。幾度か顔を合わせてはいても一度だって目が合ったことはない。それを理解したときにはもう既に身を刺すような殺気が放たれていた。

「何だよ、用もなく邪魔しにきたのか?殺すぞ」

一度も視線は外されない。ゆっくりと立ち上がりじりじりと迫り来る様は獣のそれよりも恐ろしく否が応にも身構えた。



静かに苦無を構えた小平太の背後から留三郎の声がする。獣が声のする方へと目をそらした瞬間、小平太の背を汗がつたった。

「……見たことあるな、『食満先輩』かァ」

じっとりとした目付き、抑揚の無いゆったりとした話し方。全てに嫌悪と苛立ちを感じながら自制を聞かせ学園へ来るよう促した。


「なぁ、

がしゃがんでいた場所、そこにあるものを見つけた小平太はどうしても声をかけざるを得なかった。

「あれ、楽しかったか?」
「……別に」

赤い塊に見えた。だがそれはよく見ると鳥の死骸で、生前空へといざなった羽は、不自然に毟られその体へ突き立てられていた。

「死んだ体にやっても楽しくねぇな」

後輩には見せたくないと埋めに向かった小平太に、このぼやきは聞こえなかった。


   ***

「あっはー!少し遅れた?」
「何故この期に及んで疑問系なんだッ!相当遅れている!」

怒鳴る潮江には目もくれず、部屋の上座で茶をすする学園長に挨拶をした。

「出発は?」
「三日目の夜かのぉ」
「了解」

それだけ聞くと頭もさげることなく庵を出ていく。前回と変わらぬ無礼さに怒りを覚える者は多い。

「よいよい、今回はこちらが依頼した側じゃ」
「依頼?」

今回は合同任務でなく、奴への依頼。その事が何を意味するのか全く分からないという者はない。
作戦への緊張感が高まった。


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