「作戦は簡単だ。お前はこの麻袋を抱えてうずくまり俺に蹴られるだけ。簡単だろ」

簡単だろ、じゃねぇよ。勿論そんな言葉は口にできないし混乱と困惑で口はあんぐりと開いたまま機能していない。

「あの、私が蹴られるのと先ほどのお願いは関係あるのですか?」
「蹴るのはお前じゃなくて抱えてる麻袋だよ」
(変わらない……たかだか麻袋を間に挟んだくらいではこの人の蹴りの威力は変わらないだろ。なんせ六年生が警戒するような人だぞ……)

ひたすら帰りたかった。これなら左門と三之助を探す方がよっぽどいいと思いながら数刻前の自分の発言を悔やんだ。
しかしここまできたらもう戻ることはできないだろう。合図を待ちその場で横になった。
どうか骨は折られませんようにと祈りながら。


   ***


やはり作兵衛を一人にするのは不安だった。虫の知らせ、嫌な予感。吉野先生に頼まれた仕事を早急に終わらせ学園の中を探し回る。こう言うときに限ってなかなか見つからない。途中遭遇したしんべヱに訪ねたところ、富松作兵衛はと共に裏山へ向かったらしい。背筋から嫌な汗が流れた。

そしてその嫌な予感はものの見事に命中した。

自分の目を疑う。視界の先には探し回った二人の姿があるが、決して安心できたものではない。地にうずくまり必死に堪える作兵衛と、無抵抗の彼を蹴り続けるの姿だった。

「………ッ!!!!!!」


例えば、真っ白な半紙に墨を落とすのと同じように。
筆を動かせば動かすほど、歩を進めれば進めるほどその黒は濃くなりそして終いには───

「殺す──ッ!」

自分に向けられたものではないのに、留三郎の殺気に気付き作兵衛は息を殺した。

「落ち着け三年生、お前に危険は及ばない。お望み通り『先輩の全力の戦い』をそこで見てればいい」

確かに作兵衛からの『頼み』は『何も気にせずに先輩を戦わせてあげたい』というものだった。自分達に被害が及ばぬよう加減して戦っているのを知っている。潮江先輩ではどうしても鍛練の域を越えない。そんな食満と立場や実力において全力で戦えるのはこの男しかいないだろうと思ってのことだったのに。

初めて間近で感じる殺気に今はただ恐怖と後悔ばかりが浮かんで体からはじっとりとした汗が浮かび手は火照るほど熱くなってしまった。

(俺じゃあ到底止められない……!)

取り返しのつかないことをした。ぶつかり合う頭が痛いほどの金属音を聞きながら、吸い込んだ酸素に咳をした。

怒りに身を任せ一心不乱に鉄双節棍を振っているように見えるが扱いは実に細やかで。踏み込むタイミングから少し遅れて降られた武器はの鼻を強く掠め血を流れさせた。

「あっは…」

楽しそうに血を舐めとり一歩、二歩と身に降りかかる武器をかわす。

戦いは防戦一方……かのように見える。少なくとも作兵衛はがやられてしまうのではと恐れていた。ここまでは。

「あっはー!やっぱいいよなァ!?学園じゃこんな風に楽しめないだろッ!」

懐から取り出した刀の柄と鞘を繋ぎ合わせた武器は刀というよりは薙刀のような長さだ。それを器用に振り回し留三郎への反撃を繰り出すが、長物を武器にしている男なら他に知っている。この六年間幾度も『じゃれあい』をしてきた男を。

「そぉい!」

足を払う。しかしその頃にはもう留三郎の足は地面を離れ、重力の勢いも乗せた鉄双節棍が降り下ろされる。
しかしも易々と食らってやるような男ではない。すんでのところでよけ顔面へ蹴りを入れる。

「くそっ…!」

間一髪だった。身動きがとれない空中でなんとか左手を入れ顔への直撃を免れたが、もしあれをまともに食らっていたら左目はただの飾りになっていただろう。
その事がさらに頭に血を上らせた。

「なんだお前、単体だと大したことねェな」
「あぁ!?」

ギィン、と。激しい音を立て飛ばされたのはの刀だった。鉄双節棍の勢いに押された刀は鞘と分裂し空へ舞あげられ、丸腰になったを逃さんと留三郎の苦無を突き立てる。


「……あ、は」

外側から腕を貫き顔面の真横まで苦無が突き抜けても相も変わらぬ笑みを浮かべている。文字通り、痛みすら感じていないような。

「……やっぱお前、大したことねェ」
「状況を見て言えよ…!」
「だってほら」

俺の武器は真上に飛ばされたんだぜ?

「ッ!」

ぬかった。怒りに身を任せ周りが見えていないツケが今回ってきた。慌てて左手に握る苦無を抜こうとするもあろうことかに腕を掴まれ容易に抜くことができない。その間にも上空へ舞い上がった武器は吸い込まれるようにの手に収まり今降り下ろされようとしている。

(右手、不安定な状態で握られた鉄双節棍でこいつの攻撃を防げるのか?だが、やらなきゃやられ───)


「もう止めてください先輩ッ!!」

風を切る音が止んだ。殺気も、力強さも、全てが今の懇願でピタリと止んだ。

「な……どういう事なんだ、作兵衛……」

荒い息で見上げてくる先輩の姿に今まで堪えていた涙が全て溢れだした。

「すいやせん……ごめんなさい、食満先輩……」


   ***
「絶対に嫌だ。僕は彼の治療なんかしたくない」
「あっはー俺だって微塵も頼んでない」

全ての事情を聞いたときの食満の表情はなんとも複雑なものだった。作兵衛に怒りを顕にしたかと思えば無事を安堵し気遣いに少し感謝した。二度とこんな危険な真似はするなよ、と言い終えたところで作兵衛は声をあげて泣いた。
この機を逃さんと逃げようとしたも作兵衛に見つかり医務室へと促されたのだった。


「本当は君なんて止血次第すぐに放り出してやりたいくらいなんだけど同室の留三郎とその後輩たってのお願いだからね。嫌々ながら治療してあげる。本当に癪なんだけど」
「あっはーこいつ殺していいかな」

嫌がらせの気持ちを込めて、卒業生が置いていってくれた犬猿も逃げ出すほどのよく滲みる薬を塗り込んでも顔色一つ変えない。やはり痛覚が機能していないというのは本当らしいと是認した。

「君、いくら学園の外の事とは言え、こんなことして何の罰もないとは思ってないよね?」

物腰の柔らかい口ぶりのなかにもしっかりとした敵意が込められている。無意識なのか意識的なのかは分からないが普段温厚な伊作が恐ろしく見えるのはこの使い分けがうまいことからだろう。

「出禁かな?それはなんとも有難い」
「そういえば何でまたお前がここに来───」
「伊作、は来ていないか」
「文次郎?」

医務室を覗けば怪我した男が二人。一目で状況を察したがあえてその事には触れずに用件だけを伝えるべく顔をあげた。

「学園長と、連れの女性がお呼びだ」
「早かったなァ。残念ながら交渉成立か」

物好きな爺さんだなぁ、と意味深な言葉を残しだらだらと庵の方へ去っていくを誰も追わない。皆険しい顔の文次郎に嫌な予感を感じたからだ。

「文次郎、何か聞いたの?」
「あぁ」
「もったいぶらずさっさと話せ」
「うるせぇバカ留。情けなく負けたくせに」

負けてないという反論も喉につまる。確かに作兵衛があそこで止めてくれなければ、結果は目に見えている。
文次郎も鎌をかけたつもりが思わぬ反応にかける言葉が見つからず静かなため息をつき話を戻した。

「学園長命令だ。近々、またあの男と合同任務を行うとの事」

あからさまに嫌そうな顔を浮かべる六年生を前に、付き添いできていた作兵衛は愛想笑いを浮かべた。


   ***

先輩!」

既に遠くにある背中は作兵衛の声が聞こえたのか立ち止まった。

「すいやせん、俺……いや、私のせいで先輩が嫌われ役に」
「あっは!俺は元々嫌われてたぜ?まぁ一つ許せないのは──」

びち。何かと思えばでこぴんだった。でこぴんと呼ぶにはかなり痛いのだが。

「お前の“勇気”のせいで俺は食満の奴にトドメをさせなかったことだ」

ニィと笑う目の奥は緋色に光っていた。



底知れない。でも悪い気はしない。


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