忘れないように頭の中で何度も復唱しながら。
毎日方方に駆け回る級友二人を探し回っているのだから、それに比べれば彼の人を探すのはさほど難しくはない。現にこの少年は今も激しく打ち合う金属音と互いを罵り合う声を頼りにもう目的の男を見つけていた。

「……」

見つけてはいた。それでも声をかけられないのはただ勇気がないからだけではない。恐怖より何より、自分があの二人の間に水を差すような真似をしなければならないと考えるとどうも足取りが重い。

(何だかんだ言って食満先輩楽しそうなんだよなぁ……)

無意識のうちに気配を消してしまっていたのだろう。僅かな動きに感付いた鋭い眼光の男が手甲から棒手裏剣を放ち、それは見事に少年の頭上へと刺さる。

「ヒィイ…!」
「あっ作兵衛!?おい文次郎!俺の可愛い後輩に何してくれてんだ!」
「怪しい気配がしたから牽制したまでだ!ちゃんと避けただろう!」

新たな火種に飛び付いた二人は先程同様武器を振り回し蹴りを繰り出しの乱闘で、作兵衛はまたしても伝言を伝えるタイミングを逃してしまう。

「あの、先輩方……!」

近付けないまま右往左往していると、どこからか五月雨の如く降り注ぐ大量の苦無が二人の喧騒を止め視線を集めた。

「残念だなァ、これを機にバカな野郎共を片付けようと思ったんだけど」
「なんのつもりだ…ッ」
「あっは、それはこっちのセリフだぜ。いつまでそいつ放っておく気だ?」

顎で指した先には先程同様居たたまれなく腰を曲げる富松がいた。

「そうだったな、悪い作兵衛。どうした?」
「いっ、いえ、吉野先生から伝言です。落とし紙を補充しようとした小松田さんが小石に蹴躓いてしまい厠の扉を壊してしまったので修補の手伝いをしてくれ、だそうです」
「あの人はまた……」

こうやって項垂れていても扉は勝手に直らない。「仕方ない……」と項垂れため息をつくも留三郎は吉野先生の元へ駆けるべく片付けを始める。

「何だよォ俺も用具委員長殿に用があったんだけどなァ」
「は、お前が?」

全然いい予感がしないとぼやくとわざとらしく顔を覆い「ひどいなぁ」と泣き真似をしたかと思えば、肩をくつくつと揺らし笑いだした。本当に不気味な男である。

「いやぁ何、ここに来る途中編笠を駄目にしてしまったんでね」

泣き真似からパッと離された手の下では夜を燃やす炎のような色をした目がじらりと姿を現した。
不気味な瞳だと思う二人とは異なり、一回り小さな少年は怖いもの見たさという名の好奇心に駆られ小さく手をあげた。

「あの……そのくらいなら私でも直せると思います……」

こんな男と二人きりで行かせるのは危険だと止めたくても、留三郎は吉野先生に呼ばれている。文次郎はこの後きり丸のアルバイトを手伝う先約があった。

「……じゃあ作兵衛に任せるが、何かあったらすぐ呼べよ」

何故か神妙な顔をする先輩から任せると言われた喜びを顔に浮かべながら、小さい背中は得意気に前を歩いていく。

「本人を前に『何かあったら』とは失礼だなァ……あ、前フリ?」
「違う」

ただ一人、は楽しんでいる様子で口の端をニィとつり上げ、作兵衛の後ろをついていった。


   ***

「あの、さんはどこからいらしてるんですか?」
「ずーっと東の方。風魔のある辺りかな」
「へぇ……こちらまで随分な長旅ですね。一人で御使いを頼まれるとは、余程信頼されているのですね」
「やれ、お前はなかなか平和な頭をしているな。信頼というより、『御使い』が無事に済めばよし、途中で死ねば尚よし……そんな具合だろ」
「そんなこと…!」
「忍とはそれくらい非情なもんだ。この箱庭がぬるま湯過ぎてふやけちまうよ」

そう言うの目は作兵衛ではなくどこか遠くの方へと向けられていた。 

「……」

なんと返せばいいのか言葉に詰まり、気まずさを感じながらも黙々と作業を続ける他なかった。その編笠はぞんざいに扱われているものの、普通の物よりも沢山の暗器が仕込めるよう独自に改良されていたため、作兵衛としてもやりがいがあって楽しいものだった。


「これでどうでしょう?勝手だとは思いながら切れそうだったここの紐を代えさせていただいたのですがまずかったですか?」
「いや、むしろ都合がいいや。……そうだな。暇だし礼の代わりに何か頼みを聞いてやるよ」

なんともすっとんきょうな声をあげてしまいに笑われたが仕方ない。
六年生が揃って頭を抱えるあの男が自分のために動いてくれると言うのだから。

「特に意味はないさ、強いて言うなら俺は先輩ってのがどんな気分か知らないから、気になっただけだ」

そう言い落とす彼が何を思っているのか、作兵衛には分かりそうもなかった。


目をつけられた狂犬>>

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