山はいい。
静寂を守るこの地ではどんな叫び声も木々の葉がその緑に吸い込み、そんな葉に付着する対照色の赤はとても浮きだって見える。
捨て置かれたそれは放っておいても、いつか自然の摂理にならい土に還っていく。


「だから山賊狩りは止められない……」

クツクツと溢れる笑みさえも、山は吸い込みいつもの静寂を取り戻す。


   ***

「サ~イ~ン~!!」
「あっはー、しつこいなこの人!」

先程から正門が騒がしいと様子を見に来た二人は顔を歪め、あのまま気付かぬふりして喧嘩を続けていれば良かったと思うがもう遅い。
このまま放っておくにはあまりに小松田さんが不憫だと、咳払い一つして男に話しかけた。

「小松田さんは入門票書くまで追いかけ続けるんだから、さっさと書いてしまえ」
「ヘマ!」
「食満だ」

「相変わらず腑抜けた顔してるなぁ」などと言いながらサインをすれば、小松田も満足げに去っていった。

「何しに来やがったお前」
「お前は……手塩」
「潮江だ。覚える気がないのは分かっている」
「風魔学校からの文持ってきた。学園長はどこだ?」

話の流れを切り、懐から文を出したときにぶわりとする血の臭いに二人は顔をしかめる。

「お前、どこからその臭いつけてきた」
「ん?ここに来る途中山賊に声をかけられてな。返り血には気を付けたんだけど」

へらへらとした笑みは相変わらずで二人は口元をひくつかせる。
この男を一人で学園長の庵に行かせるわけにも行かず、前に文次郎、後ろに留三郎が立つという警戒具合だ。

「っておい!、背中が血まみれじゃないか!」
「まじかよ畜生。返り血には気を付けたってのに」
「いやこれ返り血で済む量じゃないぞ!」

留三郎の狼狽ぶりに文次郎も後ろへ回れば濃い血臭と背中に刺さる十字手裏剣が目に飛び込み思わず声をあげる。

「何で山賊が手裏剣なぞ持っているんだ」
「あー。じゃあそれはあの忍だな。包帯だらけのあいつ」

包帯だらけ。それだけで二人の頭に浮かぶのは一人の忍しかいない。
あの曲者ならこいつに怪我を負わせることも可能だろう。

「お前、あの男とやりあったのか!?」
「いや別に?ただ背中越しに世間話しただけだぜ」



『忍術学園の裏山で随分派手にやるね』
『あんな学園の事なんざが知るか。そもそも山賊共から遊んでやるって声かけてきたんだし』
『君、忍術学園を知っているのかい』
『前に一回だけ組まされたなァ。今だってお使いの途中だし』
『ふぅん……じゃあ君がか』

『君、今とても楽しそうだね』

『………ん?ぁあ』



「それっきり気配が消えたからてっきり帰ったのかと思っていたが畜生……こんな、こと、ならぁ……あの場で……ぇ、ンガッ」

言い終わらないうちに紫の塊は前へと倒れこみ、反射的にそれを支えた食満留三郎がふらついたので、それを潮江文次郎が支える。
傍から見れば随分異様な光景で、偶然通りかかった乱きりしんに「六年生は仲良しだねぇ~」なんて言われてしまう始末だ。ぞっとしない。

「おいなんだ、貧血か!?」
「まぁここまでこの怪我に気づかず来たのだからそれも仕方ないだろう……」

随分癪ではあるがこのまま担いで医務室へ行こう。いつまでもここで『仲良しだねぇ~』をしているわけにはいかない。



  「、この間の実習も一番優秀だったらしいな!」
「実習?」
 「…一昨日のだよ、に……て、  を混乱させろってやつ」
「あー、そういばそんな事もあったな」
 「『そういえば』……だ?」
  「お前が、●●を盾に使って殺  の実習だぞ」
   「●▲も  お前の刀 巻き  …利き腕を落と た」
 「その実習を『そんな事』 と」
  「落ち  よ。今を 忘れ …さぁ、を祝おう」
 「あぁ祝お う」
   「そ だ祝おう」   「祝いの席だ 」
 「坏を持て」   「酒を注げ」 「歌え 踊れ」

 「さぁ、坏を。酒を注ごう」

嗚呼、真紅の坏に注がれるそれはそうだ。嗚呼、あれは───



「殺してやる……ッ」


ッ!!」
「……ッ」

右手に握る短刀。左手は食満留三郎の頭を掴み地面へ押し付けていた。手の隙間からこちらをにらむその目は、一体何を含んでいるのだろう。

「……おい、武器を離せ」

首筋に見える冷たい光の正体を確かめるように首を動かして気付く敵意をむき出しにした目。
初めてこいつらと会った時もこの目だったなァとこの状況に似つかわしくもないことを考え口元が緩んだ。

「袋槍なんて危ない武器、しまえよ」
「ならまずお前がその刀を離せ」

留三郎の頭の真上へあげられた短刀は誰にも気づかれずにほんの少し震えていて、不覚にも寝てしまった自分への自己嫌悪に陥っていたことなど誰も知らない。

「あはー、あの男、手裏剣に毒塗ってやがったなァ」

頭から手が離されようやく解放された級友を確認しゆっくりと武器を下す。
今まで───と言ってもあの実習までの数日間しか知らないが───一度も見せたことのない余裕のない顔だった。

「すまん寝ぼけてたわ」

なんて軽い話じゃ済まされないほどの殺気と俊敏さをはらんでいたのに今じゃこの変わりようだ。

「お前がうなされていたから声をかけてやったのにこの仕打ちだ」
「あっはーッまぁ頼んでねぇけどな。あそこまで深く眠る事なんて久々だからさァ、文句ならあの忍者に言えよ。あいつが薬盛ったのが悪いんだぜ」

打ち付けた後頭部を抑える食満に口先だけの謝罪を告げるとゆったりと起き上がり懐に手を入れた。その行動に二人が武器を構えたのは言わずもがな。

「信用ねぇなァ……あれ?」
「文なら今、伊作が学園長の元へ持って行っている」
「伊作?」
「善法寺伊作だ」
「誰だよそれ。まぁいいや、渡してくれたんなら俺のおつかいは終了だな」

ぐぅと伸びをした男は別れの言葉の代わりに「またあの忍にご挨拶して帰らなきゃなァ」と呟いて学園を出て行った。

「すみませーん!出るときは出門表にサインを~!」
「あっはー!出たなしつこい人!」

遠くから聞こえる二人のやり取りにやれやれと言った様子で肩をすくめる。

「ほんと、彼って面白いよねェ」

じっとりと、それでいて抑揚のないその声。
武器を握り直し瞬時に振り返ると、案の定その男は部屋にいた。

「曲者…ッ!」
「そう怖い顔しなさんな。別に君らに興味があって来たわけじゃないんだし」

なるほど俺達は眼中にないということか。結局雑渡がなんと答えたところで二人が食って掛かるのは分かっていたことだ。話を変えるのが手っ取り早いとの名を口に出せば二人は簡単に雑渡の作った流れに乗せられた。

「あいつ、あんたを探していたぞ」
「うぅん。でも関わるとなると面倒だから今回はご遠慮しようかな」


「雑渡さん、どうして手裏剣に眠り薬なんて塗ったんですか?」
「やぁ伊作君、お邪魔してるよ」

いて当然のようなリアクションしかしない伊作に友人宅にいるようなくつろぎを見せる敵の忍。リアクションをとるだけ無駄だと諦め雑渡の言葉を待った。

「私が声をかけた時、彼とってもいい目をしていたよ」


『君、今とても楽しそうだね』
『………ん?ぁあ』


「あぁいう子を見るとついちょっかいをかけたくなってねぇ。おかげでいいものも見れたしね」

先ほどまで暴れていた姿を思い出し何がいいものかと突っ掛る。

「お前のせいでこっちは大迷惑被ってんだ!」
「俺と勝負しろォ!」

吠える二人を尻目に雑渡はどこからか取り出した雑炊を取り出し一服する。

「そうだねぇ。君たちが君に勝てたら相手してあげてもいいかな」
「「んだとォ~?」」

それじゃぁ、その言い方じゃあまるで───

「へぇ、やっぱりの方が強いということですね」



わざとなのか無意識なのか。伊作の発言が二人の火に油を注いだのは言うも愚か。


目は黒炎に灯る 後全てぬかりなく

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