誰もその異変に気付いていなかった。誰もだ。だからだけが責任を負うものではないと、誰かが言ってやれたらいいのに。
夕食が終わり肝試しが始まった時、はコース外に出る生徒がいないようスタート地点と折り返し地点の間辺りに配置されていた。丁度ラグドールと二人でコース全体を監視できる場所くらいだったはず。
〈少量だが‘蟻’が消滅した。万が一があるから見てくる〉
教師用の連絡ツールにからの連絡が入ったのを確認しながら補習の生徒たちを施設へ連れていき、数分も経たない内にマンダレイのテレパスが緊急事態を告げた。
相澤はブラドキングに生徒達を任せ外へ出る。異常事態だと気付いてからは生徒達の身の安全が最優先だ。あれ以降連絡のないは多少気掛かりではあるが、仮にもプロヒーローである男の身を案じる余裕は今はない。
「ブラド、ここを頼んだ。俺は生徒の保護に出る」
施設を出た相澤はすぐに交戦を始めたが、すぐに片がついたらしい。施設へ戻ってきた飯田達から状況を聞いていると突然ブラドキングの携帯にからの着信が入る。
「どうした」
〈そっちは問題ないか〉
「今のところはな」
〈良かった。ブラドが施設に残ってるんだろ、物間に代わってくれ〉
「……」
の背後から草木が激しく揺れる音とワイヤーの擦れる音がしているのを受話器越しに耳にし、今どこに移動しているのか、何をしようとしているのかを聞きたかったが、のいつになく真剣な声につい言葉に従った。
「……代わりました」
〈施設に人が増えればブラドキングの負担が増える。向こうの狙いが分かるまでは生徒が一塊になる場の警戒は怠れない〉
「あ、えぇ……」
〈教卓の裏に閃光銃がある。ブラドキングが間に合わなさそうならそれで敵の“注目”をお前に集めてから『手足を止めろ』と言え。使っていい単語はそれだけだ〉
こうなることを予測していたのか、補習に行く前にが触れていた手を見る。わずかに震える手から目をそらし肯定しようとしたタイミングでブラドキングが「ふざけるな」と口を挟んだ。
「敵の注目が集まれば狙われるのはこいつだ。分かってるのか」
「……スピーカーにしてたな抜かりねぇ。言っただろ、『ブラドキングの助けが間に合わない時』って。『誰もが死ぬ』のが『物間が死ぬ』に変わるだけだ」
「許されるわけがないだろうそんなものッ!」
「?別にお前が守りきればいい話じゃん。万が一の策は必要だろ。頼むぜ」
電話は一方的に切られ、残された教室にはなんとも言えない気まずさだけが取り残された。
「とにかく、お前たちはここで待機だ。はああ言ったが、むしろ一か所に集まっていれば俺が守れる。間違っても外に出るなよ!」
不安と焦り、緊張をはらんだ顔の生徒たちが目の前にいなければ、きっと今頃壁に穴が開いていただろう。怒りを拳に握りしめ、ブラドキングは窓の外を睨みつけた。
(、やはりあいつの思想は危険だ!)
ここ数日の穏やかな態度のせいで気を抜いていたが、もともと要警戒対象として高校に連れてこられたのだ。生徒の保護を目的にして宛にはしないほうがいいだろう。
***
『守りきれるといいなァ』
ツギハギだらけの泥男の言葉が引っ掛かる。あの言い方、狙いは生徒だ。USJの時みたく無差別に襲うのか、何かターゲットがいるのかは不明だが俄然生徒の保護は最優先で、情報収集は二の次だ。奇襲による被害は大きく、やるべきことの多さに対し動ける人員はあまりに足りていない。
相澤は意味もなく舌打ちを響かせ森を駆けている時に緑谷を見つけた。ボロボロの生徒を見送る心苦しさはあれど、止めることは出来ないからと伝言を託し、預かった洸汰を送り届けるため施設へと戻る。
「イレイザァ」
「っ……!?」
濃い血臭と不穏な空気。思わず洸汰の後頭部を押さえ振り向けないようにしたのは、目の前に立つのワイシャツから滴るほどの血を見たからだ。
「爆豪勝己はも、もう、施設にいンのか」
「まだ報告は受けてないが、何故」
「チィッ……敵の名、前と数が割れだ。生徒だけで対処できる相手じゃあねェんだよ」
「………。今緑谷に、個性使用許可を出した所だ」
「緑谷に?なンで───」
言いかけたところでテレパスが入る。向かい合った二人は互いの靴元を見ながら黙ってそれを聞いていた。テレパスが終わり先に口を開いたはありありと怒りを表しながら舌打ちをする。
「オイオイオイ!まるで爆豪だけが狙われてん口調だが、お前だってマークされてんのわがってんだろ緑谷ァ!」
がなりながら木を殴って、その物音に相澤の肩にいる洸汰はびくりと体を揺らしたから相澤はに声を上げることはできなかった。自分の抱える子供を抱き直し深呼吸をして気を静める。ここで二人して冷静さを欠くわけにはいかないと思い直せた。
「」
「………」
「」
「……アァ゙?」
「生徒たちを頼む」
「どレを?爆豪ト緑谷か、それ以外か」
「勿論爆豪の保護を優先したいが、あいつらが今どこにいるかは不明だ。二人の捜索を最優先とするが、今機動力があるのはお前くらいなのも事実──」
「たん的に、結論だけ言えよッ、なァ!」
木に腕をかけたまま汗を滲ませると、腕の中の子供、大怪我を負った生徒である緑谷や混乱した状況が一気に頭をかけて、天秤にかける暇すらなくて
「お前の"個性"全てを使って手当たり次第に生徒を連れ戻せ。その上で爆豪の保護を」
「アァ」
の目の焦点が合っていない。こうなった原因は分かっているし、本当ならそうさせないために目の届く範囲に置いたのに。
「」
「………、…………あ」
「任せるぞ」
「ぁぁ、……うん」
虚ろだった目が相澤に向けられ、引き寄せられるように足が前へ進んでいく。血塗れの右手が相澤の顔に伸ばされるのを見て反射的に洸汰を引き寄せてしまったが、その行動をが見逃すはずがない。伸ばしかけていた手はそのまま何も触れずに下ろされ、真横に伸びた左手からワイヤーを使い森へと消えた。
「なぁ、今の声って……」
「別人だよ。あれは、本来のじゃない」
震える声の子供に言い聞かせるような言葉は自分を落ち着けるものでもあった。友人より教師として下した判断に後悔は、ない。切り替えて対応に当たるしかないと、ずっと止まったままの足を動かした。
***
教師として下した判断に後悔はない。
は相澤の指示に従い散り散りになっていた生徒を施設へと集めていた。
結果として毒ガスを吸い込み意識不明の生徒達十五名を一つ所に集めることができたし、意識のある生徒のうち数名はの持つ『蜘蛛』の糸を辿って施設までたどり着いたという。
ブラドキングの通報で駆け付けた救急隊に生徒たちを託して、警察への事情聴取を終えた教師二人はプッシーキャッツたち二人と合流を果たす。
「ラグドールと、は」
「見ていない。少なくともラグドールは…これと血痕だけが残されていた」
「血はどこにも続いていなかったから、敵の個性によって連れ去られたとみるべきね」
虎とマンダレイが報告している間も相澤の脳裏をよぎるのは先ほど見たの姿だった。あれはよくない。イレイザーヘッドとしてデディーカーを保護したときの姿と酷似していた。だからよくない。早く駆け付けねばならなかった。
「イレイザー、心配なのは分かるが少し落ち着け」
「無論、あいつの安否も確認する」
「あぁ、頼む」
一人であれだけの生徒を保護したうえに相澤の指示通り爆豪勝己の保護に向かったであろうの消耗具合は想像に難くない。だからこそ、至急見つけなければならない。
「今のあいつを放置していては生徒の保護は保証されない」
「は?」
「むしろそのヴィラン連合とやらとになんらかの接点が生じることも───」
「待ちなさいよイレイザー」
「どうしました」
「アンタがそれを言うの?」
「………は?」
叱りつけるような厳しい顔でマンダレイは相澤の言葉を咎めた。その目を見てようやく自分の発言を思い返す。
「あぁ………」
そうか。結局俺は、あいつを信用してはいなかったのか。
また負に逆流
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