「今日で三日目だけど、このまま無事終わるといいなァ」
「おはよう。今朝も見回りに行ったの?」
「そのために呼ばれたわけだし。まぁ森の中くらいしか行ってないけど、今のところ足跡はないね。念の為『蜘蛛』を増やしておいた」
「そ、ありがとう」
「いえいえ」

会話が耳に入ってつい盗み見たの表情は随分明るかった。やはりこの生活が合っているのだろう。人が少なく、物言わぬ自然が多く、何より彼の行いを正しく叱咤し受け入れてくれる人々がいる。
───裏を返せば、そのどれも雄英高校では与えられていないのだ

「イレイザーよ、今日もデディ……あいつを借りるぞ」
「それは構わないですけど、あいつ役に立ちますか」
「役には立たん。が、我のブートキャンプで鍛え直してるのでな」
「成程、それはありがたい。あのひん曲がった根性一度叩き直してください」

朝食に出されたスムージーは色味に反して飲みやすく、もう一杯持ってくれば良かったと思いながら残りを啜る間に、頭上の虎が小さく笑った。

「そうだ。やはりそっちの方がいい」
「はい?」
「昔はそうやって、遠慮などしてなかっただろう」

それだけ言うと虎は満足げに鼻を鳴らし、まだ机に突っ伏して惰眠をむさぼろうとするの首根っこを掴んで外へと出た。我ーズブートキャンプの始まりである。




「さて、昨日の特訓で型は身についただろう。今日は実践形式で行く。近くにいる者と組め」

まさに教師らしい台詞。物間が適当な相手を見つけようと足を一歩前に踏み出した時、何か強い力に肩を掴まれた。振り向いた先にいたは笑っているとも言えないなんとも曖昧な顔で物間を見下ろしていた。

「……さん」
「そんな嫌な顔すんなよ。個別レッスンだ」

そう言うと物間が何か口を開こうとしたその隙に、手にパチンとハイタッチをするように軽やかに触れた。物間の個性を知った上で、あえての方から触れてきたのだ。物間が目を見開いて固まるのもわかる。

「はは、お前の"個性"って便利だけど危ういからさ。今なら時間もあるし、やろうか」
「何を?まさかこのタイミングで種明かしですか?」
「そうだよ。本当はお前から俺に触んの待ってたがいくら待っても成功しないからさぁ」
「ハァ!?黙れ!。」

言葉を発した途端、締め付けるような頭痛に目まいがする。そうなることが分かっていたのかふらついた先での腕に支えられた。必死で睨み返すと男は困り笑いを浮かべてほらな、と言いたげに笑う。

「お前は俺に触った。わざとモーションをデカくしたんだ。"個性"を発動したろ?」
「……っ」

掴まれた腕を振り払い真正面から蹴りを入れるが、もとより距離を取るための蹴りは簡単に避けられ、両方の拳を顔の前で構えたにより一層警戒した。この訳が分からない状況でも虎の言葉通り手合わせをするつもりらしい。歯を噛み締めて目前の男を睨みつけた。

「敏いな!俺の"個性"を受けてれば言葉がトリガーなのは分かってたろ!なら下手に喋らない方がいい」
「……」
「お前の"個性"は気安く使っていいもんじゃない。まずは観察だ。相手の個性で自滅しないかどうか」
「自滅?」
「オールマイトやエンデヴァーの個性を得たからって強くなれるわけじゃねぇ。鍛えないと体が弾け飛ぶか大火傷だ。ベストジーニストやエッジショットも扱い方がわからないやつがコピーしても豚に真珠だ。分かるだろ?」
「わざわざ僕の"個性"の欠点を言いたかっただけ!?暇なんだなッ!」

そんなこと、言われなくてもわかってるよッ!!

声は喉から絞り出される前にグゥと閉まって発せられなかった。それを言ったら最後、認めざるを得ないから。

「だから俺のを継承しよう」
「ハァ?」
「おっと…急に手を止めるな。マジで殴るとこだったぞ」

呆けた顔に向けて伸ばされていた手は直前で勢いが殺され夏を含んだ生ぬるい風が前髪を揺らす。驚いた顔のはそれこそ初めて見たときと同じくらい幼く見えて、本当にブラドキングと同い年なのか怪しいくらいだ。

「俺の"個性"は基本的には方法だけ知っていれば技術はいらない。危険事項もあるが、それだって一度聞いて覚えるくらいだ。だが汎用性も高いし、いざという時は使ってくれ」
「はは……はぁ?何だよいきなり」
「万が一のためさ。使えるやつが増えるに越したことはない。俺が一方的に"個性"を開示するんだ。お前にはノーリスクだろ?」
「それが怪しいって話です!片方だけがうまい話なんてそうあるわけない」
「いやぁ世の中の学生がお前くらいしっかりしてれば闇バイトなんて広まらないのになぁ」

わざとらしく額に手を乗せやれやれと頭を振る姿は目も当てられないほど大根役者だ。どこまでも信用ならない男を探るように鋭い目を向けると、はまたニタリと笑い物間に向き直った。

「とにかく、俺の"個性"『偶像崇拝』について教えるから。それが使えると思えば利用すればいいし、価値がないならそのまま放っておけばいい」
「『偶像崇拝』……なんか、随分仰々しいな」
「宗教学にも明るいんだなぁ。頭がいいなら尚の事教え甲斐がある」

はまた、にっこりと笑う。

「まず俺の"個性"を使う際の第一条件且つ最大難易度が、『相手の関心を向けさせる事』だ」
「前に言ってた『無関心でいれば俺の個性なんか怖くないから』ってやつですね」
「よく覚えてたな、その通りだ」
「まぁそれくらい!」
「言ってみりゃBluetoothに繋ぐようなもんだ。相手が自分に関心がない場合、どんな簡単な命令だろうと相手の動きは縛れない」

説明をする間くらい大人しく話を聞かせてくれればいいのに、は律儀に虎の言いつけを守って手合わせを続けている。おかげで物間は頭と手を同時にフル回転しなければならない。A組がいる手前顔にアザなんか作りたくない、絶対に。

「そんで相手に意識を向けさせたら後は相手の“脳”に向けて命令する。こんな風にさ、手を止めろ。」
「っ!」

体の動きが止められた訳では無い。ごく自然に腕が止まった。何度受けても慣れない感覚に苛立ちが募るが、今はこの原理への好奇心が勝った。

「命令により相手の動きを制限するが、相手の意志に反するものであればあるほど自分にも反動が来る。だから命令はとにかく単純なものにしろ。間違っても「死ね」とかは使うなよ」
「もし言ったら?」
「相手が死ぬより先にお前の頭がパーンてなるかもなっ!」

笑顔でとんでもないことを言うが冗談には聞こえない。引きつる顔をそのままに、突き出された拳をぺいっといなす。

「誰がそんなもん使うか!」

やってられるかと逃げ出す物間の背中にちぇーと呟くだけで追うことはしなかった。忍ぶように背後に立つ相澤がなにか言いたげなのに気付いたからだ。


「お前の"個性"は『献身愛』だろう」
「個性名称なんて役所への自己申告だ。性能が合ってれば名前なんか何だっていい」

それに、と言うは何が愉快なのかくつりと笑ってから相澤に向き直る。

「『愛』なんかで相手の行動を制限するなんて、無理がある話だろ?」


それにしたって神を信じていない男が宗教を引き合いに出すなんて、あまりにも不謹慎じゃないか。
促された模倣
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