「2時まで補習やって7時前に起床。元気だねぇ」
「……何でお前まで起きてるんだ」
「いいだろ別に。朝の散歩だよ」

そうは言うが腕や腰には装備がつけられていて、どうもただの散歩とは到底思えなかった。

「ははぁ。俺が何かすると思ってるんだろうが、だとすればお前に声をかけるわけがない。疑われないためにわざわざ声掛けてんだし」

それに暗躍なら日が昇る前に済ませるだろ。は顔を横に逸したまま言葉を投げかけるため、相澤がに向き合っても目が合わない。の本心は分からないが、しかしワイルドプッシーキャッツが了承しているのであればそれを信じればいいと、本人の言葉以外を担保にしていた事に驚いた。
いつの間にか相澤は、相澤までもが、の言葉を信じてやれなくなっていたのだ。

「……」

我に返った時にはもうは目の前から消えていて、少し遠くにはいまだ眠そうに目を擦りながら教室に向かっている生徒たちがいるだけだった。

「先生おはようございますぅ……」
「あぁ、おはよう。さっさと席につけ」

弱々しいうめき声をあげながら席につく生徒たちから目を外して誰もいない廊下を見る。病院の時と同じだ。言うべき言葉を口にできず、一人になってから後悔する。



「人が立ち入った形跡はなかったぜ。『蜘蛛』と『蟻』両方使ったから確かなはず」
「了解。あんたも朝ご飯食べな」
「学生らの片付け終わってからにするよ」

マンダレイと簡単な挨拶を交しながら合宿所に戻ってきたの足元が泥で汚れているのは、この時間まで近辺の警戒に当たっていたからだろう。その証拠に同じく土を操り警戒に当たっていたピクシーボブがマンダレイと目を合わせ頷いている。

「俺は今日何すればいい?」
「本当なら洸汰の遊び相手になって欲しいくらいなんだけど」
「向いてないもんなァ俺」
「威張らないの。アンタはここって決めるより自由にさせた方がいいでしょうし、気になる生徒に指導してあげて」
「社会人とは思えない甘やかされよう」
「自覚あるんだ」

後方での会話が自然と耳に入る。今のは穏やかで特に気になる点もない、学生時代に戻ったみたいだ。

「気になる生徒も何も、俺が教育に口出しするのはマズイんじゃない?なぁイレイザー」

突然話を振られた相澤は口に含んでいたコーヒーをなんとか飲み込んで平静を装い適切な返答に頭を悩ませた。なんと答えるのが正解か、間違えないよう必死に頭を働かせた。

「問題ない。学園長もそれを見込んで召集している」
「あそう。あくまで用心棒として呼ばれたと認識してたけど」
「資格はないとはいえ臨時教師なんだ。明らかにおかしいという点は指導してもいいだろう」
「ふぅん」

顔を見ることはできなかった。しかし今回はおかしな回答はなかったはずだ。残っていたコーヒーを飲み干し食器を運ぶ際、横目で盗み見たは頬杖をついて目玉焼きを突付いていたためその表情は伺えなかった。


   ***

「ハァ~!?さんが僕らの指導をするんですか!?」
「モノマネ君、とうとうセンセイとすら呼ばなくなったネ」
「物間ですッ先生なら名前くらい覚えたらどうですか?」

体術メインで鍛え上げる虎の『我ーズブートキャンプ』に配置された物間は眠そうに目を擦りながら歩いてくるを見て頭を抱えた。左腕の機械がついていない分華奢な様子が目立った。虎と並ぶと尚更。

「俺が一人でふらふらしてるわけにもいかないからな〜」
「お前も鍛えられる側だぞ」
「えっ!?」

ニヤニヤした笑顔が消え慌てるを見るのはとても胸のすく思いだったが、その後のハードな訓練で真っ青になり誰も笑えなくなっていた。

「……」
「何を見ているんだイレイザー」
「あれ」
「おぉ。物間とが一緒にいて静かだとは珍しい」
「さすがに堪えるんだろう。いい薬になる」
「手厳しいな」

鼻で笑いながら他の生徒達の様子を見に行ったイレイザーヘッドに対しブラドキングはまだ我ーズブートキャンプの様子を眺めている。穏やかなものだ。過去にが起こした事件やUSJ襲撃時の様子を見たときは生徒に接触させることを良しとしなかったが、いくら子供とはいえ高校生にもなると自分達で適切な距離を見つけうまくやっていくものらしい。

「少し過保護だったか」

太い腕を組みながらふぅと息を吐きブラドキングもその場を後にした。他にも生徒はたくさんいて、皆を強化するための貴重な時間を無駄にはできないので。



「ゲロ吐きそう」
「……」
「モノマネ君がなんも言い返さねぇの新鮮〜」
「もう無駄な体力使いたくない」
「んはは」

死んだ顔の物間にちょっかいを出すもまた死んだ顔をしているが、他の生徒たちが起き上がる前にのそりと立ち森の方へと姿を消した。その背中に哀愁を感じた物間はきゅっと眉を寄せながら地面から背中を離す。様子を見に来た凡戸の手を借りて立ち上がりながら静かにため息をこぼす。

「敗北感……」
「いいから早く風呂行こう」


   ***

夕飯としてカレーを自炊する、というのは中学校のキャンプで経験したが、当時とは比べ物にならない疲労度で、とても眠いが腹は空いているという最悪のコンディションの中で作るのは普段より時間を要するものだが、A組には料理を得意とする生徒が多かったらしい。轟の個性が実用的であったこともあり、相澤の想定よりスムーズに事が運ぶA組に対し、B組は若干遅れ気味だった。最も、なぜ遅れているのかといえば物間を始め今する必要のない会話をしていて集中できていないからだ。ブラドキングは薪を補充するため森の方へ行ってしまっているため現場監督として相澤が尻叩きに行こうと思ったのだが、つい耳についた会話のせいでふと足が止まる。

「やっぱりさん辞めるのかもね」
「あーそうなのかなぁ」

いつからそんな話題が上がっていたのか、いつの間にかB組の間ではそこそこ知れた話らしい。こういった話題への関心が低そうな塩崎も会話に加わっているので驚いた。

「この間も深いため息をついていました。『長居はできない』とも仰っていたし」
「そりゃあ警察に行く人が教師はできないだろうよ」
「それになんか、校長先生と話してたし……」

完全に誤解が生じている。真剣なB組には悪いがおそらくどの話題もが学校を辞める話には繋がらないだろう──校長との会話の中身まではわからないが──

(『長居できない』のではなく『したくない』んだろうがな)

相澤が口を挟もうとしたタイミングで不服そうな顔をしたが炊事場に現れたから驚いた。

「勝手に人をクビにすんな。冤罪だ」
「うわ、さん」
「冤罪なんですか?」
「勿論。そりゃ臨時の非正規雇用で長居はできないし?免許更新で警察署にも行くだろ」
「校長先生とのお話は?」
「生徒にゃ関係ねぇ。が、まだ解雇通告はされてないよ。俺のこと大好きなのはわかるけど、夕飯はきちんと作ろうな〜?」
「誰がッ」

好かれるのも困りもんだなぁなんて眉を下げて笑うにまんまと煽られたが、その両手には既に下処理を終えた野菜が抱えられていたので、疲労で体に泥をまとったように動きの鈍くなっていた生徒たちは手の平を返して喜んだ。

「俺が辞めなくてもがっかりすんなよ〜」

B組と一緒になって作業をしている男の、先程より少しだけ張った声が気になって相澤が顔をあげると、ちょうど彼と目が合った。

「別に。そんなことはない」
「……あっそう」

今度は言えた。言うべき言葉を伝えられずに終わることばかりだったから、こんな小さな会話だって相澤には少なからず安堵と達成感をもたらしていた。
明るいキャンプ
<<  >>


Back