サポート科の生徒が発明品の性能テストをするためにあてがわれた実験室のうちの一つは、消化用スプリンクラーの設置を怠ったとして使用禁止になっており、はそこをメインに住みついている。電気は通っているし、換気用程度の窓もある。窓際に立ち煙草を吸いながらラジオをつけると、耳障りのいい声のアナウンサーがステインについての話をしている。退院後の収容手続きが完了し、あと数日もすれば護送されるらしい。
煙草を消しベッドに横たわると、疲れが出たのか瞼が重くなり目を閉じる。アナウンサーの声を聞くたびに、数年前のステインとの会話が思い出された。



<信念なき殺意に何の意義がある>

懐かしい言葉だ。





「うわ、なんか踏んだ」
「───、」

路地裏は街灯の光に照らされることなく夜の色で染まっているから、血が飛び散ろうとその赤はまるで目立たなかった。人目を避けるために歩いていた男はまた別の者が暗闇を利用した場所へ足を踏み入れたらしく、初めてではないがそう何度も味わうことのない踏み心地に顔を歪めた。

「えぇとスマホスマホ……あそうだなくすから置いてきたんだ。うわぁこれ血だよなぁ多分……うわ、人じゃんこれ最悪……警察呼ばなきゃだめかな」

警察と言葉を発した瞬間肌を刺すような殺気を浴び更に声を潜めた。まだ犯人はいる。見られている。一方的に居場所を知られていれば自分の方が圧倒的不利だ。左手の薬指を静かに引いてトリガーを引き、まだ相手に動きがないのを確認し、一気に左腕を上げビルの屋上に狙いを定め再度薬指を引いた。勢いよく飛び出したワイヤーに乗じて飛ぶが、相手はそれを見越していたのかまだ空中にいる相手に突撃してきた。咄嗟に隠していたナイフで応戦するが躱しきれなかった左腕から血が流れる。

「痛ェな。いきなり何す───あり?」

動けない。片膝をついた状態から体が動かせなくなった。物理的道具で動きを封じられているわけではないから敵の"個性"によるものだろう。下手に動こうとしてこれ以上体制を崩すのは避けるべきと判断し早々に抵抗を諦めた。

「どうせ動けないんだ。しばらくお話したいんだけど。下で死んでたヒーロー"ドレミファ"を殺ったのはアンタか?」
「そうだ。あいつはヒーローに相応しくない」
「へぇ。アンタの名前は?」
「ステイン。そう名乗ることにしている」
「聞かないなァ。時々ヒーロー殺しは発生してたがアンタの同一犯なのか?」
「その姿、貴様もヒーローだろう。答える義理はない」
「まぁそうだけど。信じないだろうが俺は今回の件、誰にも言うつもりはないよ」
「命乞いか」
「いやまさか。あんな歌手としての売名行為でヒーローやってる奴が死んだところでこの街の治安は変わらないし、むしろ俺の心の安寧が守られた」

ピクリとステインの肩があがる。警戒心はそのままに、影に隠していた姿を現し目の前で跪くを見下した。

「仮にも人殺しに対しその反応、貴様も生かしてはおけないな」

「おすわり。」
「───!?」

ガクン、とステインの両膝が地についた。そのまま前に倒れる上半身を支えるべく両手も付いたため、まさに頭を垂れる姿になる。すぐに起き上がろうとするも足だけはどうしても動かせない。動かすべきでないと、している。

「貴様の"個性"か……ッ」
「動けなくても個性は使える。お互い座ってさ、落ち着いて話そうぜ」

警戒されないようににっこりと笑って言ったつもりが返って怪しまれたらしい。睨みつけるステインはその顔を見てとうとうの正体を思い出した。

「"デディーカー"」
「だったものだよ」
「免許を剥奪されたのか」
「うん。上は返すかどうか揉めてるらしいけどな」
「随分無関心だな。お前のことだろう」
「免許なんてむしろない方がいい。俺が救いたい人"だけ"を救うのにヒーローの肩書はむしろ邪魔だった」
「ほう」

その発言を受けてステインは構えていたナイフを下ろした。それに伴いも肩の力を抜く。

「先程、あのヒーローへの死について言っていた事」
「あぁ」
「貴様の敵はなんだ」
「正しいヒーローの邪魔をするもの。人の不幸を作為的に作り上げそれに快楽を覚える奴ら」
「………ならその服はその結果か」

ここに来る前のことを思い出し困ったような笑みを浮かべた。



本当に偶然だった。安いアパートなのだろう、部屋の中から女の叫ぶ声が外に漏れ、覗いてみたところまさに複数の男達に犯されようとしていただけのこと。

「お前、家出か。誰かに泊めてもらおうとして、届いたダイレクトメッセージの中身はこうだろ。『泊まるとこないならうちにくれば?女子一人くらい家に泊めれるし、俺彼女いるから安心だよ笑』よくメッセ一つで信じたな。バカ女」

女子高生を馬鹿だと罵る間も男らを殴る手は止まらない。威勢よくナイフまで取り出した男たちも今は顔を腫らして許してくれと泣くばかり。

「良かったな、服裂かれて多少触られただけだろ?ヤられてもねぇし薬も打たれてねぇ。これよりもっと酷い目に合うはずだったんだからいい勉強したと思って帰りな」
「俺は警察でもヒーローでもねぇ。だからこれは俺のただの身勝手な暴力だ。お前らと同じだな」

女は恐怖からか震えるだけで立ち上がろうともしなかったし、男達は気を失ったまま動かないが、それ以降の事などにはどうでも良いと、女の保護も警察を呼ぶこともせずその場を後にした。
俺はもう"ヒーロー"ではないから、と言い残して。



「殺しちゃいないよ。二度としないようトラウマを植え付けただけ」
「何故殺さない。どうせまた形を替え犯罪を犯す。悪の芽は摘まねばなるまい」
「ははぁ、なるほどね。アンタが殺すのには理由があるってわけ」

「当然だ。信念なき殺意に何の意義がある」


がヒーロー『デディーカー』として落ちぶれてから出会った男は、自分よりずっと真っ直ぐな信念を持っていると思った。


「なるほど、信念ね」
「お前は違うのか」

血まみれのヒーロースーツは白さを失い、どう家路につくかを考えながら、その頭の片隅でステインへの問に対する答えを探した。

「俺のは、ただの主観。俺が気に食わないやつはダメ。立場に関係なく潰す。それだけだよ」
「ならお前の主観と俺の信念に通ずるものがあるのだろう」
「……そうかな。俺のは、もっと、脆くて変わりやすいよ」

言うなれば、の信念はある一人の人物の命によって左右するのだ。

(あぁなんて、)
熱烈な愛情
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