セメントスが明けで帰宅し一時間ほど二人きりの時間が生まれた。キーボードを叩く相澤を横目に見ながらはまだガチャガチャと姦しいワイドショーを見続ける。スタジオに用意された椅子にでっぷりと、ないしはちょこんと座る人々がステインについて空疎の議論を行っている。仮にも人々に情報を発信するという建前で金を得ているのならもう少し有益な情報を掴んでから放映するべきだ。
自分のほうが彼を知っている。理解している。ただのヴィランなんて短絡的な決めつけで話をするこいつらは何も分かっちゃいない。次第に猿の檻を眺めるような気持ちになり、そして相澤に指摘される。

「なぁお前は、」
「分かってるよ。イレイザーヘッド様」
「……」

を監視という名目で雄英に置くことに賛成した以上、相澤にとってが問題を起こすのは許されないのだろう。
だからこそ見て見ぬふりして放っておけば良かったのだ。自ら苦労を増やす相澤を馬鹿だとは思えど同情などはしないし感謝もしていない。衣食足りて礼節を知ると思っているのならこれはまさに無駄骨だ。

「滑稽、滑稽」
「何か言ったか」
「んや。虫がいたんだ」



   ***

数日前、は一人保須に出向いていた。

保須市に入って早速違和感に気付く。夜間のヒーロー巡視がなんと少ないことか。これではステインに怯えていることが丸わかりである。

「我が身可愛さに引き込もるヒーローだ?そんなもん辞めちまえ」

このヒーローの飽和時代、無駄な雑魚は間引かれて如かるべきだ。くく、と口角をあげるもその顔は決して穏やかではない。眼下に広がる灯りを見下して例の男を待っていた。

「懐かしい顔だ」
「俺はそうでもないけどな」
「メディアが報じているのだろう」
「おぉ。ある事無い事な」
「全く、報道陣もヒーローと並ぶ排除対象だ」
「そう言ってやるな。あいつらも目立つのに必死なんだ」
「お前が、奴らの肩を持つのか」
「───ハッ、笑えねェ冗談言ってんなよ」
「そうだろうな」

二人の声は止み、代わりに安いライターをやする音が夜に響く。最初に大きく吸った煙を吐き出した時、遠くを最終電車が走っていった。
ヒーロー殺しステイン。会うのは初めてではなかった。世間に捨てられ、以前のヒーローネームを捨てた時にしばらく行動を共にしていたことがある。といってもどちらも馴れ合いを好むたちではないので何度か顔を合わせ情報を共有したくらいだが。

「それで、今保須市に来たという事は俺に用があったんだろう」
「そうだよ。一個お願いがあってさ」
「願いだと?」
「そう。手を出さないでほしいやつがいんの」

フゥ、強い白煙が夜の黒によく映えた。しばらく空を泳いでから消えた煙を目で追いながら奇怪な言葉の続きを待った。

「眼鏡かけた足の早いヒーロー見習いの少年が来たら見逃してやってくれよ」
「見逃せだと。そんな事お前に言われてどうするものでもない」
「んーそういうとは思ったんだけどな」
「そいつがヒーローたる男であればいい。それだけだ。そうでないなら当然粛清対象だ」
「とにかく殺すような真似はするなよ。約束してくれ」

ステインは最後まで頷きはしなかったがしかし、ある程度付き合いのあるの言葉を聞き入れると思っていた。それなのに。


   ***


「………約束、したと思ったんだがなァ」


無差別に街を襲う能無がステインによるものだとは到底思えないが、接触した手前テレビ越しに見ているだけにするのは、なんとなく忍びない気がして再び保須へと訪れていた。

ちょうど憎悪で目を暗くした生徒がここに職業体験に来ているはずだ。臨時的とはいえ教員として生徒を案じて、とでもいえば許されるだろうと考えながら騒ぎの起きた現場へ向かい、そして自分がここに来たことを後悔し始めた。

「言葉が理解できない能無に俺の個性は通用しないわなぁ」

先程見かけた能無はワイヤーで千切られた片足を1分と経たずに再生させ、その機動力を持って別の能無と合流を果たし尚の事厄介になっていた。

「確かに厄介だけどさァ」

ワイヤーのギアを巻く。ぎりぎりと音を立てるワイヤーと少し引きずるようなゆったりとした足音。

「どけザコヒーロー。ヒーローゴッコで公務災害ボられちゃたまんねぇよ」
「貴様は……!?」
「俺、忍者好きなんだよなァ。だからお前らみたいな雑魚にそういう格好されるとシンプルにムカつく」
「ウッ!?」

能無に吹き飛ばされた衝撃は、が電柱の間に張ったワイヤーに引っ掛かったおかげで消されたが、その張本人がワイヤーを引いたことで忍者二人はそのままコンクリート上に落下した。

「そこのキョドった魚くん、仕事してくれる?消火しないならお家帰れよ目障りだ」
「飯田く……預かっている学生が見つかるまで離れられない!」
「"イイダ"?……あいつ、やっぱりステイン探しに行ったな」

ぽつりと零した言葉に反応を示したものはいない。そんな余裕がないからだ。

「俺があれを引きつけるからお前らは消火優先」
「一人では無謀だッ微力ながら俺たちも…!」
「微力どころか、会ったばかりの奴と連携なんて出来るわけねェだろ。足の引っ張り合いになる消えろ」

ヒーローとしての教示か建前か、一向に引こうとしないヒーロー達にフラストレーションばかりが溜まる。個性を使ってしまえばいいが、それで自分が何者か特定されれば世話はない。多少脅してやろうとヒーローの肩に向けてワイヤーを向けたが、鉤爪はの思い通りの働きをしなかった。目標に届く前に突如現れた影に掴まれたのだ。

「退け」
「……!?、エンデヴァー……」

の声に一瞥を向けてたかと思えば、反対側に立つヒーロー達に何らかの指示を出している。この隙に逃げてしまおうと足を動かした途端ワイヤーに火が移り慌てて足を止めた。立ち去ることは許されないらしい。

「エンデヴァー、左舷後方!」

芸も無くただまっすぐ突っ込むだけの能無の攻撃などわざわざ言われなくても察知しているだろうが、構わず声をあげた。そうすればエンデヴァーがどうするか分かっていたから。そしての目論見通りエンデヴァーは必要以上の火力をだし炎壁を作り上げた。その隙きにスペアのワイヤーを住宅の屋根に引っ掛け距離を取る。

「……逃げるのか」
「あんたが保須にいるなら俺の出番もないですよ。どうせ息子さんもいるんでしょ」

ワイヤーは焦げたがまだかろうじて千切れてはいない。まだ能無が動ける以上エンデヴァーがを追うことはないだろう。場を離れるためビルにワイヤーの先を向けた時、後方から苦々しい声が聞こえた。

「お前には幻滅した」
「何も本気で狙ってやいませんよ。あいつらを追払うために脅しで──」
「先程の行為を言っているのではない」
「………あぁ。
 エンデヴァーなら理解してくれると思ったのに」
「お前が戦ったのはあの会見一度きりだ。あとは逃げた。それが気に食わん。世論の意見を正と認めたか」
「違うよ。言っても無駄だと察したのさ」
「たった一度でか」

諦めたようにすっと笑う

「アンタにはわかんないよ。
 俺にもさ、俺にだって心はあるもんで。誰も味方がいないのに戦えない」
「本当に味方はいなかったか」
「アンタは分かってない」

分かってない。そう呟いて今度こそ姿を消した。


「本当に分かっていないのは、貴様の方だろう」
脆弱な口約束
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