職場体験を受け入れてくれた事務所は多く、生徒たちは事務所不足に困ることはなさそうだ。体験先が確定した生徒達から表を埋め決裁を取る準備をし、まだ挨拶に行けていない事務所にアポを取り、場所の確認をしていると時刻は午後8時を回ろうとしている。
同じような理由で残っていたブラドキングが日が伸びているため気付きづらいなとこぼしながらコーヒーを飲んでいた。
「そっちは終わりそうか」
「いや、気になる事もあるし明日出てくる」
「休日出勤か、教師は大変だな」
「ヒーローも教師も似たような環境だろう」
「そのとおり」
どうせ休日に何かをする予定もない。ようやく包帯も取れて今までの遅れを取り戻さなければならないのだが、それにしても
「問題が山積みだ」
簡単には解決出来そうに無いものには目を閉じて、今はただ生徒の抱えるものだけに集中したいものだ。心の内で弱音を吐きながら印刷機に印字したまま取り残された書類をファイルに閉じて机の引き出しにしまう。
***
朝の9時前には雄英についていた。
当直だったらしいセメントスは花壇の花に水をやっていて、出勤してきた相澤に気付いて爽やかな笑顔と共に挨拶が交わされる。
「ところで、昨晩の当直は二人体制だったか」
「?いえ、私一人ですよ」
「職員室に人気があるようだが……」
「あぁ、さんですね」
「は、」
「あの人、ここに住んでるみたいですよ」
ご存知ありませんでしたか。そういうセメントスの言葉に嫌味を言うニュアンスは微塵もないが、つい相澤の方が引け目を感じ顔を背けた。
監視の役を受けていながら居住地を把握していなかったが、まさか学園の敷地内だったとは。
「どこかの倉庫を部屋にしているらしく、夜中に会ったりはしてないのですが、朝にひょっこり職員室に姿を現しまして」
まるで野生動物のような言われようについ想像してしまう。確かに人目を避けてうまい具合に生活していそうだ。
「こちらから声をかけない限り向こうも何も言ってこないので、気まずい事も何もありません」
「……」
他人からすればそういうものなのだろうか。
セメントスはと相澤の確執も、ましてや同期であることも知らない。だからこそ、苦とも思わずいられるのだ。
「……わかった」
そうは言ったものの、やはり戸を引く手は重く、眉間の皺も深くなる。
こんなのは合理的でない。さっさと仕事を片付けねばならないのだ。そう言い聞かせようやく右手に力を込める。覚悟に反して戸はあっさりと開いた。
「はよ」
「……あぁ」
前髪の寝癖は重力に逆らう形で盛り上がっているため、いつもは隠れた両目がはっきりと相澤に向けられているのがわかる。
それに、まさか挨拶してくるとは思わなかったためつい返事が遅れてしまう。
「あー……、石山も飲むかと思って多めにコーヒー挽いたんだけど」
「いいのか」
「おぉ」
見るからに安っぽい紙コップには容器に不釣り合いの香りのいいコーヒーが入っており、香りに劣らずコクと深みのあるいいコーヒーだった。
感傷ともいうべきか、遠くをぼんやり見つめながらコーヒーを啜っていると、ふとが呟いた。
「保須にある事務所に希望を出した奴がいたな」
「………何故それを知っている」
「前にお前が机の上に出しっぱなしにしてただろ」
「そんなはずはない」
「なら俺が勝手に机の中を覗いたんだな」
「ふざけるな」
「あは、いいじゃん別に」
最後の言葉についかっとなり席から立ち上がる。手元のコーヒーは大きく揺れ少しばかり机に溢れてしまったが、今はそんなの関係ない。
「お前……何で大人しくできない……ッ」
「何だよそれ。お前らが勝手に俺の世話焼いてるだけだろ?」
「………ッ」
「放っておけばいいのに。余計な苦労を背負うとすんな」
白けた顔のに色をなした相澤が胸ぐらを掴もうと腕を伸ばした時、床のコンクリートが二人の視界を遮った。
「窓が開いていて良かったです」
ピリピリした職員室とは打って変わって、花壇の側にいるセメントスは穏やかな顔をしている。
「机から抜いたのではなく、コピー機に残ってたんでしょう」
「は?」
「湿気が多いですからね。一枚だけ、コピー機から取り損ねていたんですよ」
「………」
「さんも素直に言えばいいのに」
「余計なお世話だよ」
やれやれ、と終始穏やかな顔のセメントスにより立ち塞がる壁がなくなり、職員室の床は元通りになる。向こう側のはへらりと笑い何でもないようにまたコーヒーをすすった。
「………すまん」
「別にィ?」
気まずい空気が流れる中ニュースは速報を告げる。案の定それは危険分子であるヴィランの情報なのだが、アナウンサーの口にした名前に、二人はふとテレビに目を送る。
「ステイン、懐かしい顔だなぁ……」
がぽつりと呟いて数秒後にセメントスが職員室に戻ってくる。相澤がひやりとした事は誰も気付かない。
「………」
ステインの報道を見るたびにはくつりと笑っている。自覚はあるのだろうか。
「」
「ん」
名前を呼ばれて相澤を見る顔はまた元の真顔に戻っているが、その目が何を指摘するのか気付いたらしい。自分の唇に指を置きゆっくりなぞる。
「いやぁ、別に。何でもないさ」
吐き出した言い訳にも似た独り言。聞き捨てるには少し、前科が似過ぎている。
「なぁお前は、」
「分かってるよ。イレイザーヘッド様」
「……」
なぁお前は、堕ちるなよ。デディーカー。
暗中模索に五里霧中
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