「うんうん。それは災難だったね」
「台詞と目の前の現状が反比例してますよ」
「そんなことないさっ」

いやそんな事あるだろう。
そう言いたげな顔をするも口に出さない姿に成長を感じながら、相澤は監督者としての横に立っている。
校長から「どうしてこうなったの?」と聞かれても相澤には分からないのだから答えられない。何故急にがあのヒーローに対して敵意を向けたのか、知りたいのは相澤の方だ。

("個性"使用により水をかけられた時には機嫌を悪くした様子はなかったはずだ)

他人事のように笑っていたくらいだ。水を掛けられるという侮辱に対して怒ったわけではないだろう。だとしたら、事務所の外で声を荒げた事だろうか。あの事務所の主が世間が忘れだしたあのヒーローの名前を出そうとしていたからだろうか。だったらもっと駆け足で寄ってきたのではないだろうか。

「とにかく、先方も非を認めている。君だって、勝手に"個性"を使ったんだから反省の姿勢を見せなきゃね」
「だからって反省文はないでしょ。俺もう立派な大人だし」
君っ」
「………はーい」

駄々をこねて改善されるものではないと諦めたらしく、は億劫そうにゆっくりとした手付きで机の用紙を取り部屋を出た。相澤が部屋に残ったのは、同じタイミングで部屋を出るのが気まずかったからだ。

「相澤先生、本当に分からないのかい?」
「分かりません。水をかけられた時はいつも通りへらへらしていたし、先方の怒りが私に飛び火したのを宥めていたので、いつあんな態度に変わったのかは……」
「そこまで分かっているのにかい?」
「は?」
「ううん。いいんだ。これは周りがどうこう言うものではないからね。それじゃ!君も職場体験に向けて頑張ってねっ」

中途半端な謎掛けを出された気分だ。しかし校長の中ではもう完結してしまっているためこれ以上何か言う事は許されそうにない。

「……失礼します」

心に引っ掛かりをおぼえながらも、校長室を後にする。授業中の廊下はとても静かで、気を落ち着かせるには具合が良かった。


   ***

本日顔をしかめたのはこれで何度目だろう。
煙草の臭いにため息をつく。休み時間ならいざ知らず、今は授業時間中だ。注意してやろうと思ったのは聞き慣れた耳障りな鼻歌が聞こえたからだ。


「あらら、相澤先生。お仕事は?」
「今はオールマイトのヒーロー基礎学だ」
「ふぅん」

白煙は勢いよく口から漏れ出し周囲を曇らせ消えていった。その手に馴染む煙草は知らない銘柄で、柄にもなく昔は、と口にした。

「昔は、それじゃなかった」
「あれな、廃番になったの」
「そうか」

本当は知っていた。コンビニで見ることの無くなった煙草にも、下手な鼻歌の本家を歌っていた歌手が交通事故で死んでいることも。気に止めなければいいものがつい生活の中で目が行ってしまうのは、喧嘩別れのような形になった同僚への後悔に他ならないはずだ。

「吸う?」

差し出された煙草。思わずの顔を伺うが当然目は合わない。の視線は煙草ケースに向けられていた。 

「……吸わない」

元から答えを分かっていたのか、あっそうと答えて煙草を胸ポケットにしまう。ここまで見事に向こうのペースに流されていたことに気付き──今更なんの意味もないと分かってはいるが──煙草を止めろと指摘する。当然はへらりと笑ってまた煙を吸った。

「厳しいなぁ相澤先生は。俺のゆるやかな自殺を止めたいの?」
「……俺は──」
「分かってるよ。ちゃんと生徒がいないのを確認してから吸ってるから」

口を開きかけた相澤を黙らせるようには笑う。こうやって会話を遮られるのはこれが初めてではない。何度も何度も何度も、それが故意であることはあまりにも明白で

「話を聞け、デディ───」
「やめろ……ッ」

森の奥から鳥の慌ただしい羽音がする。木々の陰で姿は見えないが、きっと羽を休めていたムクドリだろう。の声に怯えて飛び去ってしまった。

「………今は、そのヒーローはいない。死んだ」

煙草の灰が、自身の重みでうなだれるように下へと傾いていく。は深く呼吸をするが手に持った煙草を口には入れず、何か言葉を発するための呼吸のようだった。

(何とか言ってくれ。俺への罵倒でも、世間への非難でもいい。お前の、本音を、)

「…………ははっ、『すぐ感情的にならないようにする』ってさっき反省文に書いたばっかなのにな」
「……」
「気を付けろよォ、俺の事が世間にバレて不利益を被るのは学校や相澤だ」
「お前もだろ」
「あの頃はマスクをつけてたから分かってないのかもしれんが、流石に名前出したらバレるだろ」

特にあの緑谷とか。
の口から出たその言葉につい目を向いた。この男が人の言葉を覚えているとは。

「なんだよ?」
「……いや」

相澤が言葉を続けないとわかると、は灰皿に煙草を押し付け立ち去った。
この沈黙は、まだ破られそうにない。
無言の打破を望む
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