相澤が面食らったのは朝会での学園長の言葉を聞いていなかったからではない。

『───というわけで、職場体験を受け入れてくれた事務所には、先生達から事前に挨拶に行ってもらおうと思うんだ!』

あの学園長の言葉には同意だった。雄英の生徒とはいえ一年生を事務所に置くにはリスクはあれどメリットはない。担任として、事前に挨拶に行くのは妥当だろう。しかし、だ。

「相澤はともかく、何故俺まで同行するんですか」

そう、それだ。
二人一組で行くにしてもこの男を向けるのは世間的にも問題があるはずだ。普通の俗世ならまだしも、社会問題や事件事案に敏感なヒーロー相手では、きっとの顔は"そういう"意味で知られている。挨拶どころか相手を不快にさせるかもしれない。

「君達の心配もわかるが、その日はどうしても物理的に人がいないんだ。相澤君には悪いけど、A組がお世話になるヒーロー達には相澤君一人で回ってほしい。君にはドライバーをお願いするよ」
「ずっと車にいればいいなら俺は構わないですけどね。楽だし」
「……」

二人の視線は一切絡まない。一応社会人として場の空気を悪くしないよう気を使っているらしいが、事情を知ってる一部の教師陣からしたらやはりふたりの態度は露骨だ。

「それじゃあよろしく頼んだよ」

有無を言わせない学園長には、何か考えでもあるのだろうか。


   ***

少しずつチェックリストを埋めていく。もうすぐ折り返しだというところで立ち寄ったサービスエリアでアイスコーヒーを2つ買ったのは運転手を務めるへの気遣いだ。

「ここで待ってろ」
「おー」

一日目の終盤に向かった事務所はまだ小さな事務所で、駐車場がないからと路肩に停車し待つことにしたのだが、事務所に入った相澤が5分と経たずに戻ってきてはお前も来いとを呼んだ。

「いや、車で待ってればいいって」
「そう言ったんだが、事務所のメンツがあるからと言って聞かない」
「俺のヒーローネームだしてもか?」 
「………」
「名前出せば引っ込むさ」

あとはもう用がないとでもいいたげに車の窓を閉め追い払う仕草をする。舌打ちした相澤はしかしそれ以上何も言わずまたヒーロー事務所へと戻っていった。



コンコン、

椅子を倒しうつらうつらしてるところへ何者かが車のサイドガラスを叩く。鍵は開いているのだから、相澤ならそのまま乗り込んでくればいいのに。そう思いながら目を開けると、そこにいたのは思い浮かべていた人物とは程遠い、かっちりと身なりを整えた男、ベストジーニストだった。

「うげぇ……」

窓を開けろのジェスチャーを無視するわけにもいかず、そろりとドアを開け車外へ出る。

「何故貴方がここに?」
「不審車両が止まっていると市民から事務所に連絡があってね」
「そんなの警察の仕事でしょう。百歩譲ってヒーローだとして、何故貴方直々に?」
「サイドキックが教えてくれたんだ」

よくできた部下ですこと。ため息とともにこぼれた皮肉には何も触れず、長い指を軽やかに振り胸のあたりを指す。

「何故君がここにいる?」
「……そんな。ねぇ、疑わなくとも大丈夫ですよ。だって、今の俺はあそこの、雄英の監視下にいるんだから」

声色も口元も、確かに笑っている。しかしその目だけは穏やかさとは程遠い表情で、指をさすなと訴えているのだ。
ベストジーニストにとってやはりは放っておけない存在である。

『彼の正義は全面的に否定する程ではないが、かと言って野放しにしてはおけない』

ベストジーニストも、の免許の剥奪に賛成した一人だった。雄英が一時預かりという形を取り免許剥奪を免れただけで危険要素が取り除かれたわけではない。自分の管轄内にいれば直接様子を見に来るのは当然だ。

「それで、君は何をしに来たんだ?」
「はぁ。だから、雄英からのお使いですよ。体育祭後の職場体験。毎年のことでしょう」

フロントガラスの元に置いてあるチェックリストを指差すと状況を理解したらしいベストジーニストは先程からズボンの陰で不自然に曲げられた指を伸ばす。それを確認したはわざとらしく皮肉めいた笑みを浮かべた。

「そんなわけで、敵視されるのは心外なわけですよ」
「それは失礼したね」
「いえいえ。別に謝っていただかなくとも───」

ビシャンッと音がして、一瞬のうちにの頭はびしょ濡れになった。

「………うわぁマジぃ?」

髪から水を滴らせながらケラケラ笑って、犬のように頭を振るから横に立つベストジーニストの足元まで水が飛んでしまった。

「何でお前がここにいる!」
「あぁあ。だから俺は行かないほうがいいって言ったのに」

まるで他人事のように笑って、は事務所の入り口で大声をあげるヒーローに手を振った。

「帰れッヒーローの振りした人ご……ちょっと!止めないでくれイレイザーヘッド!」
「いや流石に止めるでしょ。ヒーローだからって"個性"を無制限に使っていいわけじゃない」
「そもそもアンタがあいつを連れてこなければッ!」
「っ、落ち着いてください」

ベストジーニストはやれやれと肩を竦める。サイドキックとはいえプロヒーローともあろうものが、外聞が悪くなるからという理由で敵対意思のない相手に"個性"を発動させるなど言語道断だ。この時ばかりは興奮状態の男を宥めるべく止めに入った相澤の判断に同意する。同情の念をこめてにハンカチを差し出すが、当の本人はまるで見向きもせず、事務所の入り口で揉める二人をじっと見ていた。

君?」

ベストジーニストの声には反応しない。ずっとイレイザーヘッドの胸ぐらを掴んで詰め寄るヒーローから目をそらすことなく車道を横断していく。偶然信号が赤だから良かったものの、きっと青信号でも構わず渡っていただろう。

「……

相澤の声に反応したのか偶然なのか、事務所の階段下でピタリと足を止めたは、濡れた髪の隙間から覗かせた目をギラギラさせて口を開いた。

「黙って事務所引っ込んでろ。」

言われたサイドキックの男は、それこそ何か言いたげに顔を歪めながらも、声を発することなく事務所のドアをくぐった。

「なんだよ、先に"個性"使ったのはあいつだろ?」

もの言いたげな二人の視線から逃げるように首をもたげたは、相澤の呼び掛けにも応じず歩いて帰るとその場を去った。

歩いていくがため息のように吐いた言葉に、相澤は僅かに息が浅くなる思いがした。
本当に疲れる
<<  >>


Back