二度三度ライターのやすりを擦って火をつけた煙草はこれで9本目だ。医者はお約束のように煙草を止めろと言うが、それ聞いて止められるやつはそもそも吸ってないと思う。日に日に利用時間が制限されていく喫煙所でそんな事を考えながら肺で遊ばせた煙をふうと吐いた。

「お」

人目につかない場所に設置された喫煙所から見える人間もまた人目につかないようここにいるというわけで、面白半分で近寄ってみたが、そこにいるのは不審者でもやましい事をする人間でもなくただ一人で自主練に励む緑谷出久だった。

「なんだお前かよ」
「わっ、先生」
「お前くらいじゃね?そんな恭しく俺を先生なんて呼ぶのは」
「えっと……」
「まぁ返しづらいよな。自主練?」
「はい」

まだ涼しい日もあるというのに、緑谷は額から汗を流している。よほど鍛練に励んだのだろう。自分がこれだけ何かに熱中したのは何年前か。物思いに耽りながら煙草ケースの蓋を開け閉めする手は止まらない。

「あの、」
「体育祭って最後は絶対個人戦なんだよね」
「?」
「組手なら付き合ってやるよ」

くみて。の言葉を復唱した緑谷は何拍かおいてようやく理解したらしく目を丸くして口をあんぐりさせた。

「そんな驚くこと?」
「いやあのっ、実習時はいつも瞬殺で終わってしまうし、授業時間以外はまるで姿を見せないのでそういうのは嫌いなのかと……っ!」
「あぁ……あれね、この間注意されたわ。生徒が学習する隙を与えろって。でもそれで負けたらクソじゃん?」
「はぁ……」
「まぁ、暑苦しいのは好きじゃないけどお前にはUSJの借りがあるから」
「“借り”?」
「で、どうすんの。やらんでいいの?」

おどおどとした顔は瞬時に表情を変え、「お願いします!」と威勢のいい声を上げた。自分の個性もうまく扱えないこの少年が除籍処分にもされずここにいる理由が少しだけ分かる気がする。

「君さ、自分の恐怖心よりも正義感のがずっと強いんだね」
「へ?」
「防カメでしか見てないけど、あのヴィランや能無、敵わないのは一目瞭然だったでしょ」

からの攻撃をなんとかいなしている状態の緑谷に答える余裕もないが、それでも何か言わねばと必死に考えているらしい。

「そんな状態で消……相澤先生を救出してくれた君たちには感謝してんだ」
「それって……ヴッ!?」
「はーい終了」

油断したがために鳩尾を押さえてうずくまる緑谷には見えないが、わずかには焦った表情を浮かべ口元を押さえた。今の様子だと聞こえてしまっているだろう。

「……まぁ、お前の個性じゃ決勝まで行かない方がいいだろうな。制御できないんじゃ死人が出る」
「ありがとうございます」
「あ?」
「いえ、『決勝まで行けない』とは言わないんだな、と」
「ま、一年なら個性使わなくなって中位には行けるもんだから」
「そうなんですか?」
「そうだよ。勝ち上がるのに必要なのは個性の使い慣れってのもあるが、一番はやっぱ経験の差だろ」

ボックスから飛び出た煙草をつまんで、そのまま火もつけず手で揺らしながら言葉を続ける。

「経験って個性の事じゃなくて“人に危害を加える”事への慣れな。あぁ、こういうのあの爆破のガキは得意そうだよな」
「“人に危害を”……?かっちゃんはあれでもヒーロー志望ですし、」
「分かってると思うけど、ヒーローもヴィランもやってることはそう変わらないからな。痛みを感じる相手を傷つけて自分の信念を守ってる。オールマイトだってやってることだ」
「っ!」

『同じ暴力がヒーローとヴィランでカテゴライズされ善し悪しが決まるこの世の中に!!』

つい最近聞いた言葉に緑谷の顔はひきつったが気付かれていない。
それでもの言ったことが分からないわけではなく下唇に手を当てて何かを考え始めた。

「確かに動き方は目だけで覚えられるわけじゃないし相手に大怪我を負わせないためにも数こなすべきか……あの、もしお時間があればもう一度お願いします!」
「……ヒーローの鑑だな」
「え?」
「いや、手合わせならまた付き合ってやるよ。放課後ひっそり声をかけてくれ。その代わり今はお前が付き合え」
「はい。何をすれば───」

手招きに誘われて駆けてきた緑谷の肩を押さえつける。動揺する緑谷に「息止めてた方がいいぜ」と耳打ちすると指示通りきゅっと口をつぐんで息を止めた。その顔に向けてふぅと煙草の煙を吹きかける。

「何してやがる……!」
「生徒指導」

風が音を立てる速度で飛んできた捕縛布は見事腕を締め上げ煙草を落とさせた。緑谷が動く前にのおんぼろ靴がその火を消す。

「血が止まるからほどいてくんない?」
「俺への当て付けに生徒を使うな」
「当て付けってなんだよ」
「……もういい。とにかく二度と生徒の前で煙草を吸うな」

いつもより更に低い相澤からの「行け」の声を受けて逃げるように離れていく緑谷を見送る。何か言いたげな目には気付かないふりをした。
これはお礼の暗喩
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