貴方と食べたい

キャンディ (あなたが好き)




「お兄ちゃん、最近なんだか楽しそうね」
「……そうか」
「そうよ。何か良いことあったの?」
「いつもと変わらねェ」
「そう?」

カタクリとブリュレの会話に首をかしげたのは側で聞いていたオーブンだった。
ここ数日のカタクリの様子を見る限り“楽しそう”には見えなかったからだ。苛立った様子であちこちに睨みをきかせ、何か探してるようだが誰とも共有せず黙々と島を練り歩く姿に触らぬ神に祟りなしと放っておいていたくらいだというのに。

「それで、今日の集会はもう終わりだな」
「えぇ」
「ならもう行くぞ」
「あら、何か用事があるの?」
「まぁな」

体格に見合った長い足を動かし去っていく兄弟の背中は確かに先日見かけた時のような不穏さは感じられなかったが、機嫌の良さまでは感じ取れない。幼い頃は勿論、四十を越えた今でも『お兄ちゃん』と慕う妹だからわかるものなのだろうか。


   ***

カタクリの機嫌に対して敏感なブリュレに対抗するわけではないが、オーブンはカタクリを見かけるたびにこの日は『良い』か『悪い』かを気にかけるようになった。
今まで気にした事がなかったからか、それとも何かあったのか、カタクリの機嫌はやけに浮き沈みが激しいように思える。

「今日は『悪い』日だな」
「あ?」
「お前の剣呑な顔に妹達が怯えている。一体何があったんだ」
「……大したことじゃない」
「『何でもない』わけじゃないんだな」
「……」

言わされた言葉をつつかれると思ったが、オーブンはそれ以上特に追及することなく満足したのか肩を竦めるだけで立ち去っていった。
しかし、指摘してきたのがあの兄弟で良かった。感情を表に出すなど、あまりに冷静さに欠けている。

「……どこに消えやがった」

これほどカタクリを不機嫌にしているのはという男に他ならない。ここ最近、突然姿を消してはカタクリに見つけ出され、また幾日かして姿を消すなどを繰り返している。それも、朝起きて記憶がぼんやりとしているところから、本当に姿を“消して”いるのだろう。
少しずつ曖昧になる顔や声を繋ぎ止めながらの捜索は当然時間を急するため無自覚のうちに顔が強張っていたのだろう。眉間に寄った皺を伸ばすように指を置き息を吐いた。
わからないのだ。
あの男が何処へ消えたのか。何故消えたのか。どうして自分が、こんなに必死になっているのかも。

「“”……ッ」

誰も知らないその名前を、忘れてしまわないようにと声に出した。





「ははー……メイドたちがカタクリ様のご機嫌が芳しくないようだと話してましたが、まさかこれほどとはぁ……」
「……」
「その、このお餅の拘束解いてくれませんか?私何かしましたっけ?」
「とぼけるな」
「えぇ……、やはり仏の顔も三度まで、か」

鬼の形相でを見下すカタクリは自室のドアや窓をピタリと施錠し覇気をばらまいている。
へたな部下なら気を失いかけないこの状況でもへらへらと笑っているは何者なのか。共に過ごした日数がまるで無意味であるように思えるほど、カタクリは結局この男のことを何も知らない。それもまたカタクリを苛立たせるのだ。どういう訳か。

「何故何度も姿を“消した”」
「貴方がいつまでも私を覚えていらっしゃるから」
「答えになっていない」
「貴方に忘れられたかった」
「何故だ」
「……」
「何度記憶を消そうが、おれがお前を忘れる事などない」

「お前には不要だろ!!!」

果たして、今の、声の主は。
疑問に思った所で答えは一つだ。自分の向かいで余裕のない表情を浮かべ歯を噛み締める男の心情が、未来が見えない。あぁどうやら、カタクリだって冷静ではないらしい。

「………………?」
「お前は、私の事を忘れなきゃいけない」
「何故だ。理由を説明しろ」
「一緒にいる時間が長すぎた」
「それが理由なのか、答えになっていないな」
「なら言うよ。俺は貴方に劣情を抱いているだから今すぐ貴方の側から離れたい」
「………………」
「更に言おうか?貴方が好意的感情をこちらに向けているから余計に忘れてほしいんだ。これはあってはならないものだから。つまり、俺はさ、」

今すぐ足元の男を叩き潰してしまいたかった。もしくは三又で刺すか、蹴りあげて遠くへ飛ばしてしまいたかった。どうせ本体じゃないのだから問題ないだろう。とにかく今すぐにこの男を消さねばならない。気付きかけているある事実を、肯定されそうで。

「俺は弟に劣情を向ける、最低な兄なんだよ」

振り下ろした腕も黙れと命令した声も全て間に合わなかった。
聞きたくない事実を、砕けて消えたメレンゲの前で一人項垂れながら咀嚼した。

「黙れ……」

唸るように絞り出した声は、当然誰も聞くものはない。

『これはあってはならないものだから』

「まるで迷惑とでも言うように……ッ」


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