クッキー (友達でいよう)
あの後、カタクリは疲労からか男に体を預けたまま眠ってしまい大変だった。一介の使用人の身でシャーロット家の人間と懇意にしていることが知れたら大変だ。
大きなため息をついた“メレンゲ”は誰も見ていないのをいいことに屋根の上を飛んで渡り部屋へと送った。
良かれと思ってしたことなのに、後日ひどくむかっ腹を立てたカタクリに弁慶の泣き所を強く蹴られたのには納得いかない。
「ご子息様とて許せぬ!」と突き出した両手で頬を引っ張り事情を聞き出すと、どうやらこのマフラーを巻いた日から背中を地につけないと誓ったらしい。以前メイド達がブリュレ様がと慌てていたあれに関係があるらしい。
「……」
「なんだ」
「いいえ。言ったでしょう?私はどちらの貴方も大好きですよ、と」
「薄気味悪い事を言うな」
「ふふ」
何はともあれ、一時期姿を消したカタクリはその後も頻繁に男の元へ訪れる日々が戻ってきていた。今まで以上に鍛錬に熱が入ることを思うと少しばかり気後れもするが、姿を見せない時よりはずっといい。
「おいメレンゲ、今日もメリエンダを食いに来てやったぞ」
「冷静でいる、とそんな興奮して喋っては説得力がありませんよ」
「お前はッ………お前はいいんだ」
目の前に差し出したミルフィーユには、フォークを入れてもパイが切れず中のクリームが溢れ出るというママが見たら憤慨しそうなデザートで、つまりこの男の作ったものだ。
「お前のことは、ママも兄弟も誰も知らなかった」
「……そうですか」
「つまりお前は誰か打ち明けるような親しい話相手もいないんだろう。ふっ」
「なんか棘のある言い方だが否定できない……」
過ごした時間の長さからか、お互いに遠慮がなくなってきた。この会話を間違って他の人に聞かれたら厄介だとは思いつつ、以前のようなえらく畏まった態度もこの生意気なガキ相手に取れそうもない。男がそんな失礼な事を考えているとも知らず、カタクリは自身の推理を是と言われて嬉しかったのか、大きな口をブーメランのようにして笑う。
一瞬悪寒が走った気がしたが気のせいだろうか。
「よし、なら次の遠征、俺と共に来い。メレンゲ」
「……………………は?」
ミルフィーユもどきを咀嚼するカタクリの話を要約するとこうだった。
近々ビックマム海賊団の戦士として近海の警備を行うらしい。勿論警備とは支配下にある国民への建前で、その実この辺をうろつく海賊への略奪行為だ。ペロスペローが同行するが、ママのいない船出という意味ではこれがカタクリの初陣になる。慣れないこともあるだろうからと、何人か使いやすい部下を連れていっていいと言われているらしい。
「それで私を指名したくれたんですか。見に余る光栄だなァ」
「思ってもないことを」
フォークについたクリームまできれいに平らげてから乱暴に口を拭いマフラーを巻き直した。二人しかいないのだから外しておけばいいのに。本人の意志を尊重して口には出さないが。
「あぁそうだ。ひとつだけお願いしても?」
「何だ」
「メレンゲって呼ばれるのは好きじゃないで、やめて頂ければと」
「なんだよ、名前だろ」
「そうですが。……うーん。私はその名前を嫌っておりまして。他の人がいる場では呼ばないで頂きたいのです」
随分と言葉に詰まっていた。『嫌い』という以外にも理由があることなど簡単に察せられたが藪をつついて蛇を出す真似はしたくないためカタクリも触れなかった。
「じゃあ、お前のことはなんと呼べばいい」
「そうですね。どうか
とお呼びください。カタクリ様」
「変な名前だな。もうメレンゲでいいだろ」
「困ります。遠征中絶対に呼ばないと約束して頂けるのなら喜んでお供させて頂きます」
「大戦中余裕がなくなったら間違えて読んじまうかもな」
「名前を呼ぶ必要がないよう、カタクリ様の傍におりますよ」
見透かすような目は初めて男の前で能力を使ったときに見たものとそっくりで、つまりこの表情をされた時は嘘も揚げ足も無力化されてしまう。わかった、と約束を交わし、ぐしゃぐしゃになったミルフィーユの最後の一口を頬張った。
『傍にいる』と言っていたのに、『呼ぶ必要がない』と、そう言っていたのに。
なんということだ。
まさかこんな形で呼ぶことになるなんて。
敵船に乗り込んで敵を追い詰めるのはあっという間だった。あとは逃げる残党を追うだけと言うとき、背後から強い力がかかりカタクリは前方へ大きくたたらを踏んだ。
「
ッ!」
何故突き飛ばしたと責めてやるつもりで振り返った。この男のことだからまた飄々とした態度で口先だけの謝罪をし、むしろカタクリに隙だらけだと指導をしてくるのだろうとたかをくくっていたのに。
「……
」
「余所見を、しなさんな……」
沸き上がる喊声に掻き消されそうな声を必死に掬いとる。敵に背を向け駆け寄る行為を咎めるはずの彼がこの時ばかりは何も言わず伸ばされたカタクリの手を弱々しく握った。
「
ッ!お前!」
「私の後ろ、右手に赤い刺青を入れた男、が……」
銃を隠し持っている。
かろうじて言語を保つ言葉を聞いて即刻三叉を伸ばし心臓を抉る。照準のずれた腕が味方を撃ち抜いて海へ落ちるのを見届けても収まらない怒りを燻らせながら、目の前の男が身じろいだのを見て意識はそちらへ向けられた。
「はぁ……申し訳ありません。あとは、ペロスペロー様のご指示に従って……」
「どうなってるんだよッ!?」
メレンゲこと
の左半身は砲撃で吹き飛んだのか跡形もなくなっていた。だというのに大した出血もなければ痛みもないのか、息苦しさ以外普段どおりの様子でぼんやりと遠くを見つめている。何故か、顔にはヒビが入っていた。
「一度、死にますね……」
「駄目だ」
「結局料理は上達したかったなぁ……」
「あぁそうだ…!それにまだおれとの手合わせだって任を解いたつもりはないぞッ」
「意外だな、あ、ああお前は、あっさり捨て、ると、思った……に」
ぱらりぱらり。船を伝う振動一つで残った右半身が少しずつ崩れていく。
「おい、
?……待てっ」
「大丈夫、運が良……、ぁた会ぇ、…、……」
とうとう握っていた右手も全て、
の体は全て粉となりどこかへ消えた。
呆然と一点を見つめるカタクリを小突いたのは全て終わったと告げたペロスペローだった。
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