貴方と食べたい

マドレーヌ (もっと仲良くなりたい)


そんな約束をしてからどのくらい経ったろうか。いつも通りカタクリがあっさりと訓練を終え、兄弟達の目をかいくぐり人気のない庭へ行くと必ずその男はそこへ立って、燕尾服のジャケットを近くの椅子にかけ腕をまくっている。もう見慣れた姿だ。


「隙ありッ!」
「“まずは互いに一礼”です」

カタクリに背を向けているのをいいことに腕を伸ばすが、背中に目でもあるのだろうか。緩やかな動きでかわされ腕を引っ張られる。

「うわッ!?」

そのまま頭を掴まれ地面に押し込まれれば、痛みはないが怒りは沸く。三叉を振り回して足を狙うがその前に柄を踏みつけられてはもう動かせない。

「放せ……っ」
「敵にもそう言うので?」

そういって額に赤いシールを貼られた。これは“一回死んだ”マークだ。パッと手を離すとそのまま重力に従って体は落下する。
三叉を握り直して顔面に向かって突き刺すカタクリは当たった時の事を考えていないのか、手加減することなく全力そのものだ。

「あまり武器に頼りすぎるな」

引き戻す前に片手で掴まれ、距離を縮められ心臓の辺りに2枚目のシールを貼られる。

「くそ!」
「武器が体を離れている時は隙だらけになりますね」
「もう一本!」

頭に血が上ったカタクリは結局5箇所にシールを貼られ頬を膨らませながらその日の手合わせを終えた。



   ***

「………」

男は時計を見てから椅子にかけていたジャケットを手に取る。
ここ数日カタクリは男との手合わせにも、歪なお菓子を食べにも来ていない。
この時間になっても来ないと言うことは今日も来ないだろう。訓練相手が強い者に変更され隙間時間がとれないのか、負け続きで嫌気が差したか。
なんとなく、後者はないだろうと思っていた。兄弟思いの彼は強くなる事を望んでいるのだから、投げ出すなんてことはしないだろうと根拠のない確信があったからこそ連日姿を見せなくともこうして約束通りこの時間は仕事を空けて待っているのだ。


「………おや」

屋敷に戻ろうとして振り返った先には久しぶりに少年が立っていた。

「何か嫌な事でもあったんですか?」

初めて会った日と同じ言葉をかけたのは、彼の纏う雰囲気がいつもと違うから。

「そのマフラーはどうしたんですか?」
「……うるせぇ」
「!」

踏み込んだ姿に身構える。
上段からの蹴りはいつもよりも重く防いだ腕がじんと痺れた。そのまま脳天目掛けて振り下ろされた三叉をかわすために小さな体を後方へいなす。つい力が入りすぎてまだ子供であるカタクリの体は宙を舞った。

「しまった……!」

いつもなら怪我をさせるような真似はしないが、今日は余裕がない。殺気立った相手に怪我をさせられないよう努めるので精一杯だ。給仕が怪我なんてしたら仕事にならない。

「大丈夫ですか?」

声をかけても反応はない。いつもの分かりやすい表情も半分はあのマフラーに隠されてしまっている。

「……」

地面に対し水平に振りかざされた三叉を飛んで避けたところを左手が狙う。空中では避けられないからと拳を掴んでいなすと、それを見越していたかのように引き寄せられる。

「八つ当たりはやめてくだ、さいっ」

“メレンゲ”の方も焦りから口調が荒くなり、つい拳を振り下ろした。そしてその手に感じる手応えに驚いた。あれだけ露骨に振り上げたのだからうまくかわすだろうと思ったのに。
ゴロゴロと後方へ転がる身をそのままに、小さな両手は外れないようマフラーを握りしめている。

「…………」
「この……ッ」

正面から突っ込んでくる子供を静めようと構えるが、顔を上げた子供の目を見て、男は手を下ろした。
───ドンッ、と背中を打ち付けた音が誰もいない庭で嫌に大きく聞こえた。

「……!……ッ!」

勢いのまま馬乗りになったカタクリが何度目の前の顔を殴っても、男は手を出すことはなかった。


「落ち着きました?」

何度殴ろうと、その口調は変わらず穏やかだ。

「俺が悪いんだ……俺が……悪いんだ……」

自分に言い聞かせるように何度も何度も唱える少年の目は先程からずっと涙をこぼさないよう目を真っ赤にさせて、口元を必死に隠している。

「…………貴方が」

ゆっくりと上体を起こして、膝に乗っている少年の頭に手を伸ばす。前と違って、今は僅かにたじろいだものの、その手が頭を撫でることを許容した。

「貴方が目指すと決めたならそうしなさい」
「……」
「私は“どちらの”貴方も大好きですよ」


これが数日前のカタクリなら「知ったような口をきくな!」と喚いたろうが、今はただ、血と泥で汚れた男のワイシャツに顔をうずめ、ぐしゃぐしゃの顔を隠すだけだった。


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