おそらく、この日の程『目を疑う』を体現したものはいないだろう。自分の目が信じられないからと斬りかかって危うく流血沙汰だった。
後から報告書を読んだセンゴクは怒ればいいのか笑えばいいのか分からないと言った難しい顔を隠すように手で覆った。
ソファーで写しを読むガープは大爆笑だ。それがまたセンゴクを悩ませた。

「しかしまァ、結果お前さんの望む形に収まったじゃないか。喜べ」
「お前と違って公私混同したりせんから悩んでるんだ!」

そう言って振り上げた拳も、報告書に添付された二人の笑った海兵が写る写真の上には落とせなかった。それがまたしてもガープを爆笑させた。




「……………………あ゙ん?」

今時ドラマでも聞かないドスを利かせて閉ざされたドアを睨む。
巡視艦の奥に設けられた将校用の個室は他の部屋に比べて人の出入りが少ないため侵入しやすい。それでもここまで誰にも気付かれずに来たと言うことは馬鹿な雑魚ではない。刀の柄に親指をかけドアを蹴り開けた先、部屋の隅ででかい図体を縮ませている男を見てまた声が漏れた。

「あ゙ん!?」
「ヒッ!」

容赦なく襲いかかる刀を間一髪でかわし少しでも広い方へと飛び移るが、そう広くない部屋だ。あっという間に距離を詰められて追撃される。上着に隠し持ったナイフで咄嗟に受けるが、刃の立てるギリギリとした音がこちらの不利を否応なく伝えてくる。

……っ、准将……!」
「俺への当て付けにしたってこれはやり過ぎじゃないか?笑って見過ごしてやれねぇぞ」
「当て付けって、イッ!?」
「へぇ。声まで似せてんのか。何かの能力者か?」
「違う!おれだよ!ほ、ほら!」

パンッと手を叩いたロシナンテから音が消えた。どれだけ物真似が上手くとも悪魔の実の能力は真似できない。これで本物のロシナンテと気付いてもらえただろう。
目を丸くし切っ先を下ろしたにほっとした。のも、束の間。

「何でテメェここにいんだァ!!」
「ヒエッ!」

結局切られそうになったロシナンテがうまく避け損ね尻餅をついたことでようやく猛攻は止まった。

「相変わらず、ドジだなぁ」

武器を納めたの笑った顔は、ロシナンテが覚えている最後の記憶より少し、疲れたような顔をしていた。


   ***

「聞くが、あのガキはどうした」
「ローのことか」
「まさかとは思うが、捨ててきたわけじゃあるまいな」
「まさか!………むしろ、おれが捨てられたようなもんさ」
「はぁ?」

相変わらず表情豊かなに懐かしさからつい口角が上がってしまうが、そんな理由を知らないからすれば『捨てられた』と言って笑ってるようにしか見えない。本気でロシナンテの精神を心配した。そんな目に気付いたロシナンテがあわてて表情を引き締めてから、が口を開く。

「捨てられたってなんだ。お前はあいつの為に全部捨てたのに」

その言葉はどこか険を含んでいるようで目を見れず顔を下げると、渡されたティーカップの中に情けなく眉を下げた自分が映っていた。そうだ、きちんとここへ来た経緯を話さねば。

「ローは、ファミリーに拾われて時から可哀想な奴でさ。目は世界への憎悪を映していたし、愛を知らない分殺意ばかりが胸に溢れていた」
「だから『自由にしてやりたい』んだろ」
「あいつはもう自由だとよ」
「……」
「あいつは自力で自分の道と居場所を見つけたらしい。それどころかいつまでも宙ぶらりんのおれのケツを叩いて追い出しやがった」
「ふっ、お前、ガキに追い出されたのか……っ」
「笑うなよさん」
「なら笑わせるなよ、ロシナンテ」

ロシナンテ。ここ暫く“コラさん”だった男は久し振りに自分の名を聞いた。

「あぁ……やっぱりここが居心地いいよ」

ぽつり。息をするように口から溢れた言葉は慌てて息を吸ったところで戻ってくるわけもなく、途端に自分の情けなさを自覚し死にたくなった。
自分から啖呵切って海軍を出たくせに、ローに捨てられたからとのこのこ戻ってきたようにしか思われないだろう。実際、そういった理由が全くないわけではなかった。なかったが、ロシナンテがここへ来た本当の理由は───

「お前、俺の事大好きだな」
「ブッッ!」
「うわ汚ぇ!」

吹き出した紅茶が生意気にもキラキラと光って見える。近くに置かれた布巾で必死に拭くことでの顔を見ないで済むのは幸いだが、いつまで時間を稼ごうにも頭の中は騒がしく落ち着きやしない。

「俺も好きだよ、お前のこと」
「……えっ?」
「大事な弟だからな。好きだよ」
「あ、あぁ……そうか……」

あんまりだ。
落胆する気持ちも声も隠す事を忘れていた。きっと顔にも出ていたんだろう。向かいに座る男の笑い声を聞いて顔を上げると固く大きな手が自分の頭へと乗せられた。

「そんなに顔に出るんじゃ隠密活動も上手く出来なかったんじゃないか?」
「な、なにが言いたい」
「そんな残念そうな顔しなくとも、悪い方向には進まないさ」
「………!?」
「俺の“好き”がお前と同じものなのか、ハッキリさせるための時間はこれからいくらでもあるんだろ?」


ロシナンテは、今度こそカップを滑り落とした。




「それにしてもまぁ、お前さんも十二分に公私混同しておると思うがな」
「なんだとォ?」
「そうでなきゃァ、一度は海軍から蒸発した男を再採用などせんじゃろ」

しかも自分の“身内”の下に置くなどと。
笑うガープの口を塞ごうと手元の物を投げつけてみても当然かの男が黙るわけもなく、散々笑って、仕舞いには舌をだして逃げ出した阿呆を怒鳴り付けるが、やはりどうしても本気で怒れるはずもなく。

<ぷふるるるる>

午前の終わりに鳴く電伝虫には心当たりがある。深呼吸に口を結んで受話器を上げると、予想とは外れた声が慌ただしく部屋に響いた。

「センゴクさ……センゴク大将!お忙しいところ恐れ入りますッ」
「ん?ロシナンテか、どうした」
「先程ハートの海賊団を目視で確認したのですが、准将がそれを追うと言って聞かなくて……!」
「『止めたのですが』と言うわりには随分楽しそうじゃないか」
「えっ……!?」

バレないと思ったのだろうか。動揺を見せ泡を食ったような顔をする電伝虫からロシナンテの表情が安易に浮かんでくつくつと笑みが込み上げる。

「まぁいい。気の済むまで追ってこい」
「はい!」

遠くからの声がする。さっさと来いロシナンテ、と言う呼び声に答えたところで通話は切れた。

「あいつら楽しそうにしおって」

そういうセンゴクも人のことを言えないくらいの穏やかな笑みを浮かべているのだが、ここには一匹のヤギしかいないため、誰からも指摘されることはなかった。
鬼の手をとる
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