「逃がしただとォ!?」
「ニュアンスが違います。逃亡を可能にしただけで俺が逃がした訳では───」
「やかましいッ!」
「イッデェッ!」

覇気を纏っていなければ全力で殴ってもいいというわけではない。目の前に星がチラつく程強打した頭をさすりながら昨晩部下から受けた報告を思い出す。



准将、ようやく動くそうです』
『了解。そうしたら今夜の見張りは全て俺の部下にやらせよう』
『繰り返しになりますが、この責任は……』
『勿論、俺がとる』



ロシナンテが小さな子供、ローを抱えて窓枠から部屋を出たところから見た。二人が監視の目に引っかからないよう見張りを黒羽の隊員に変えたし、当時センゴクが封じた通路を開通させ、あろうことか船まで用意したのは全てによるものだ。さすがに拳骨一つで許せるものではないとセンゴクが説明を求めるのは最もだ。

「……命からがら生き延びたんです。これからはあいつの好きなように生きてほしい」

子供の頃から大人の事情に振り回されていた。海軍に来るまでの事はよく知らないが、当時の怯えようを見れば悲惨な体験をしたのだろう。センゴクに拾われ生き延びたはいいが、そこでの生活は井の中の蛙と同じだ。海軍になる以外の道はなかった。自分と同じ境遇のロシナンテを不憫に思ったことはないが憐れんだことは何度もある。だからこそ、かけがえのない何かを見つけたのならそのために生きてほしい。ようやく見つけた大切なものを手放してほしくなかった。

(それによって俺は何を手放すことになっても)

「そんな手前勝手な理由で悪魔の実の能力者と海賊を逃がしたのか」
「俺にとっては、あいつが『かけがえのない』ものだから」

の顔を見てしまえばもう強く言えなくなるのを自覚しているから、センゴクはじっと水平線を見つめ重いため息をついた。

「お前、自分のした事が本当にあいつのためだけにやったと言い切れるのか」
「……どういう意味です?」
「お前『が』逃げたかったのだろう」

ずっと顔を背けていたセンゴクがようやくの顔を見たかと思えば「わからないふりはするな」と諌めた。息苦しいのは叱られたことか見透かされたことか。
海軍本部にいても、あの二人が幸せなることはないから。一連の行動の動機がそれだけであれば自分はどれだけいい“兄貴”だったろうか。その実、“父”の言い当てたようにそこに隠されていたのはただのエゴだ。


“コラソン”は、ローという名前の子供によく笑顔を向けていた。───それは全て自分が幼いころもらったものを見様見真似でやっているだけなのだが────からすれば海軍にいた頃よりよく笑うようになったなという喜びと、寂しさを彷彿させる表情だ。の知っているロシナンテは泣き虫だった幼少期と、遠慮深くなった少年期。そしていつからか自分から距離をとるような、どこかよそよそしい態度のロシナンテ中佐だ。
だからだろうか、そんなロシナンテが、笑顔を振りまく姿が、見ていて面白くなかった。
兄として喜ぶべきだというのに。

『お前“が”逃げたかったのだろう』

(あの時すぐに否定できなかったことが何を意味するのかを認めたら、もう後には戻れねェだろうなあ)

血の繋がりを成さない事が、今はこんなにも憎たらしい。
“弟”としても“部下”としてももう会うことないだろう彼を思って最後の紫煙を吐き出した。
わざとらしい目隠し
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