「おいガキ、お前も来い」
「……海軍は嫌いだ」
「俺だって別に好きだからいるわけじゃない。ここでしか生きられなかったからだ」
「……」
「信用ならないだろうが、俺たちの共通点はこいつが好きなことだ。悪いようにはしない」
「……」
「あと5秒以内に来ないとこいつだけ連れてくからな」
辛うじて繋ぎ止めていた意識が途切れる直前に聞いた会話。
の腕に抱かれたことへの安心感か、そこでプツンと意識が途切れ、次に目を覚ました時は薬品の匂いと機械音だらけの衛生的な白い部屋だった。
「起きたか」
「……ローは」
「あぁ……お前の『お子さん』も、勿論連れてきたよ」
お子さんじゃないんだけど。いつまでも一人で勘違いしている
がおかしくてふっと口角があがる。それを見て何故かまた少し不機嫌そうに口を歪めた
はそれでも力なく伸ばされたロシナンテの腕をそっと掴み体を起こしあげた。
「……さて、2日間寝通しで起きたところ悪いんだが、いい話と悪い話、どちらから聞きたい?」
「その前に言いたいことが……」
「じゃあ悪い話から」
「え、ちょっと
さん?」
「ヴェルゴを逃がした」
「……!?」
さらりと告げられた事実に瞠目する。本人はただの事実のように特に感情の起伏もなく冷静に告げた。慌てふためくロシナンテの言葉を丸々無視して話を続けるのはロシナンテを大人しくさせるのに効果的だと分かっているからだろう。実際ローに対して同じことはしなかった。───最もローは
に警戒し話を聞こうなどしなかったが───
「……ロシナンテがでかいから、さすがに三人同時には運べなかったんだ。俺の力不足だな」
「いや、そんなこと……」
「安心しろ。お前が報復に合わないよう俺が守ってやる。それでいい方の報告だが──」
「コラさん!」
ロシナンテが
の声を遮るより、
が言葉の続きを発するより先に病室へ飛び込んできた子供は泣くまいと堪える目に膜を張って自身の背よりもずっと高いベッドに飛びついた。
「たっく……大人が話してる時に割り込むなよ」
僅かに苛立ちが伺える声ではあるが、それでもベッドの下で必死に背伸びをするローを抱き上げてベッドにあげてやる。急に持ち上げられたローはお礼を言うでもなく
を睨みロシナンテを自身の背に隠したが、
がそれに何か言う事はなかった。
「養生しろよ」
それだけ言って去っていく背中に待ってと言えなかった。今の自分は、甘える側ではないのだから。
***
酸素マスクが外れたから
を呼ぼうとしたが、海に出ていると言われた。車椅子に乗れば部屋を出られるようになったので重い扉を開けるとドアの前に海兵がいて、歩けないままでは危険だからと部屋に戻された。確かに慌ただしく人が行き来する海軍本部を車椅子がうろついては邪魔になってしまう。
「ここは大人しくしてようコラさん。まだ怪我だって治ってないんだから」
「……あぁ、そうだな」
寝たきりの時は気付かなかったが、ここは普通の病室とは大きく異なる作りになっていた。ロシナンテとローの二人で住むのに丁度いいくらいの小さな部屋だ。水回りのものも全て揃っているし、食事も海兵が運んで来て、頃合いを見て回収しに来る。つまり生活する上で不便なことなど何もないのだが、ロシナンテには足りなかった。
(生き延びて、あの人の顔を見て欲が出てしまった)
これだけありがたい暮らしを受けながら、全く満足していない自分に嫌気がさす。
また幾日か経過して、今ではローに支えてもらえれば立てるようになるまで回復を待った。しかし、またしても部屋からでることを禁じられた。お引き取りくださいと背中を押す海兵につい声を荒げる。
「どうして……!もう何日経ったと思ってる!」
「落ち着けコラさん!」
「……とにかく、
准将の命令です。お話がある際はこの、胸に黒羽を付けたものだけにしてください。これは
准将の直属の部下である証ですから」
「
さんの……直属」
ロシナンテにはその言葉がひどく甘美で羨ましく感じた。もし自分も勲章としてあの黒羽を付けられたらどれだけいいだろう。そんな妄想から現実に返したのは足元でズボンの裾を強引に引っ張るローだった。
「何ぼーっとしてんだよコラさん。……大丈夫か?」
「あ、あぁすまん。……分かった、いつか
さんから説明してもらえれば」
「説明もなにも───」
何か言いかかけた部下は一瞬だけローを見てすぐに目を逸らす。
准将には声を掛けておきますから、とだけ言って扉を閉める。また二人だけの部屋。
「……おれがいるからだ」
「そんなわけないだろぉ?とにかく、
さんと話せる時まで待ってようぜ」
そういう自分の声には覇気がない。この時ばかりは昔のような筆談が恋しくなった。
***
「すまん。思いがけず仕事に手間取った」
「
っ、
さん、突然背後から声かけないでくださいよ……」
一体いつ、どこから入ったのか。ローを寝かしつけ寝付けの一杯でもと思いキッチンへ移動したところには、待ち焦がれた男の姿があった。
「寝る前の酒は体によくねぇらしいぞ」
「じゃあ飲まない?」
「いんや、いただこう」
グラスに注ぐウイスキーを一気に呷って、ロシナンテはずっと聞きたかった言葉を口にした。
「何故おれたちをここから出さない」
「……」
「
さん……ッ」
答えてくれと訴えたいのに、
の顔を見ると声が詰まる。笑っているのに、何も言わせない雰囲気に飲まれてしまう。
「“潜入捜査”をしていたのはお前だけだろ」
「……でも、まだ子供だ」
「それをセンゴクさんや、ましてやサカズキさんに言うのか」
「あぁ言うさ。きっと分かってくれる」
「サカズキさんは悪の芽は確実に摘み取るぞ。それこそ、一人を殺すために他の島民を皆殺しにするくらいには過激な奴だ」
風下に移動した
は懐から煙草を取りだし大きく息を吸った。吐き出された大量の白煙は夜の黒によく映える。
「俺だってあいつは信用してない。素性を調べればでるわでるわ。海賊を匿ってる事が知られれば責任問題になる。何より海軍本部の情報を外に持ち出されでもしてみろ───」
「…………なら放っておいてくれればいい。おれは、あいつを自由にしてやると誓ったんだッ!」
空気が、凍る。
頬骨を伝う冷や汗を拭うことすら、顔をあげる事すら許されない程に緊迫した空気が一瞬で形成された。
「───────そうか。」
どれだけ経ったか分からないが、ようやく時が動き出したのは
が冷めた一声を発してからだった。
ぼくの感情を乱さないで