もはや、これが痛みなのかどうかも分からない。
突然現れた初代コラソンの潜入先がまさか海軍だったとは。折角ローが呼んでくれた海兵が、よりにもよってこの男だったとは。
遠くでローが『コラさん』と叫ぶ声がする。笑って返してやらなきゃと思うのに、覇気を纏った蹴りを前に表情どころか立つこともままならない。背中をじわりと焼くように冷たい雪に冷やされ、頭の中はまるで現実逃避をするように遠いあの日々の映像ばかりを流している。これではまるで走馬燈じゃないか。まだ死ぬわけにはいかないのに。
力の入らない肉と頼りない骨はとうとう立ち上がる事すらできず、とにかく肺に酸素を送ろうと口を開けば、それすら許さないと追撃を食らう。

「やめてくれよ……コラさん、死んじまうよ……」

大丈夫だと、一旦逃げてくれと、そう言いたくてもそのための余裕すら与えてはくれない。

───ああ、これは本当にまずい





「おやァ。これはこれはヴェルゴ大佐。部下をいじめる趣味がおありかな」
「「ッ!!」」

耳をふさぎたくなるような暴力の音とうめき声、泣き声しか響かないようなこの場所で、それはえらく場違いな、しかし言葉じりににじむ怒りは確かな敵意を持って、ヴェルゴの頭上から降ってくる。

「……アンタは」
「上官に対して『アンタ』だと?せめて、さん、だろ」
「鉄塊」
「もう遅いよ」

ヴェルゴの両肩の上に足を乗せ、しゃがむような姿で見下ろしている男が左手に持っているのは、空になった注射器で、『もう遅い』という事はつまり。

「くそ……ッ!」

ヴェルゴの目の奥がぐわんと揺れた。どこから、何故この男が現れたのかは分からないが、少なくともドンキホーテ・ファミリーの味方ではではないらしい。ここで生存者を出せば今後ヴェルゴはドンキホーテファミリーのために潜入ができなくなる。逃がしてたまるかと武装色を纏わせた拳をヴェルゴの肩から跳んで逃げる男にぶつけた。

「あれ、即効性の痺れ薬って聞いたんだが」

何で動けるんだ?とぼけた声はいつの間にか背後から聞こえた。

「まぁいいや。眠っててくれ」
「くそ……貴様……ッ」
「本当は今この場で殺してやりたいけど、俺は正義の人間だからさ。私情で動かずちゃんと本部に連行するよ。そこで弾劾裁判でもなんでも受ければいい。死刑判決がでたら俺が斧でも槍でも握ってやる。インペルダウン行きなら俺が送ってってやるよ」

殺気を向けられているのは自分ではないのに思わずぞっとしてしまう。背筋が冷えたのは背にした雪のせいだと言い聞かせるが、普段感じない圧がまるで別人のようだ。


「……、…………、さん……」
「みーつけた。今回のかくれんぼはお前の負けだな」
「何で、さんが、ここに……」
「お前がセンゴクさんにここの事を連絡したろ。その時に嫌な胸騒ぎがした」
「……」
「一時任務を離れると言ってた時は何かと思ったが、まさかお前に子供がいたなんてなァ」

なんだかえらい勘違いをされているようだが、ひゅーひゅー鳴るしかない喉では否定の言葉が出てこない。

「何だよ、しばらく会わないうちにお前の義兄の顔も忘れたか?」
「……そんなに、怒らないで、くれよ……」
「っは?別にいつも通りだけど」
「………へっ」

どうだか。声は出なかったが乾いた笑いが言葉の代わりになったのだろう。何笑ってんだと不服そうな声が返ってくる。
確かに昔から喜怒哀楽の「怒」や「哀」についてはいまいち起伏の薄い男であったが、負の感情が大きい時、彼はあまり人の名を呼ばない。普段はしつこいくらいに“ロシナンテ”と呼んでくる男がこの時ばかりは“お前”なんて呼んでくるから。
ロシナンテが12の時には気付いていたのだが、どうやら本人には自覚がないらしい。

「さ、帰るぞ。ロシナンテ」

『おいで、ロシナンテ』

昔と変わらない、差し出された両腕。その両手にすがれば絶対の安心があること優しく刷り込まれている以上その手を振り払うことなどできるわけがない。それはもう守られる立場でなくなってもだ。

「超巨大かくれんぼは俺の勝ちだな」
さんに負けたのは、今回が、初めてだなァ……」

負けた、なんて言いながら、の肩に額を押し付けるロシナンテの表情は随分と明るいものだった。
鬼さんこちら
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