育ての父によく似た険しい顔の電伝虫が『気を付けて行けよ』と言ってそれに「勿論です。貴方もお体には気を付けて」と返す。『年寄扱いをするな』と言われたがこれには笑って答えた。最後にまた『直接行けなくてすまない』と謝られたが、忙しい身である大将が私情のために動けない事など承知の上だ。わざわざこうして連絡をくれただけでもありがたいのだと告げ、最後の挨拶とともに受話器を置いて、電伝虫を近くにいた海兵に渡す。
本部を離れた瞬間から、海兵であるロシナンテは存在しなくなる。生き別れたドフラミンゴの弟のロシナンテ一人きりだ。
「間に合って良かった」
「!」
深いため息になるはずだった空気を吐き損ねて大きく咽た。大丈夫かよ、と背中をさする手もその声も、目で確認しなくても誰のものだかすぐに分かる。
しかし、振り向いた先にいた男の姿は思っていたものとは少し違っていた。
顔半分を覆う湿布は顔の腫れを冷やすためのものだろう。左腕は白布で吊られ、指の先までご丁寧に包帯が巻かれている。彼がなにがしかの悪魔の実を食べたと宣言してから、怪我をしたところなど久しく見ていなかったのに。
「……
さん?」
「あれ、昔みたいに泣いてはくれないか」
「当然だろ何年前の話をしてるんだ」
確かに昔は
が怪我をするたびに死なないでなどと泣きわめいていたが、今の半分の背もないくらい昔の記憶だ。泣いたり困ったりするたびに無条件で甘やかし腕に抱いてくれた彼も今や眼下にいる。この歳になってまだ甘やかされたいなどとは思わないが、やはり寂しくないと言えば嘘になってしまうのだ。情けない事に。
潜入任務前だからだろうか、寂然とした思いが胸に溢れて苦しくなる。ごまかすように咳払いして「それで、何が原因なんだ」と聞けばいつものヘラヘラした笑みとは少し違う、眉を下げて口を歪な形に笑わせた。いつまでも返事が来ないから身体を屈めて顔を覗き込むと、やはり見慣れない笑みを浮かべているがしばらくして「いやー……」と口を開いた。
「まさかお前の潜入先が“あの男”の所だなんて知らなくてな」
「
さん。いくら血の繋がった兄弟とはいえおれは海軍だ。裏切ったりなど──」
「は?何言ってるんだ。俺はお前の無事を心配してるんだよ」
「えっ」
「だからセンゴクさんに俺が変わりますって駄々こねたらぶん殴れたんだ」
「えぇ……」
随分バイオレンスな親子だと思う。
『口で言って分からないなら拳で分からせる』と言ってセンゴクが拳を振り上げることから始まる親子喧嘩は過去に何度か見かけたが、そのたびにロシナンテが仲裁に入る為ここまで大事にはならなかったのだが、今回は気の済むまで殴り合ったのだろう。……もしくは一方的に殴られたか。
「俺もちゃんと拳入れたぜ」
「そうか」
心のうちを見透かしたように返事をされるのはこれが初めてではない。最初は何故分かるのかと不気味に思ってたのだが、どうやら表情に出ているらしい。向こうに行ったら気を付けなきゃなと話したことを思い出した。
「なあロシナンテ、やっぱり、お前じゃなきゃダメなんだよな」
「ドフラミンゴは身内に甘い。血縁者のおれだから、潜入できるんじゃないか」
「そうだよなァ。俺じゃ代われない」
20年近く一緒にいたのにロシナンテがこれだけ弱々しい
を見たのはこれが初めてだ。自分がめそめそしている時、励ましてくれたのはいつも彼だった。逆の立場になったら自分が励ますんだと決めていたのに、いざその場面に出くわすとどうすればいいのか分からずおろおろするしかない自分はただの木偶の棒だ。
「あ!そうだ」
「?」
「なら、超巨大かくれんぼだと思えばいい。おれが隠れるから、
さんが鬼だ」
「……ロシナンテ、俺が嘘ついて遠征に行った事まだ根に持ってるのか」
「さァ、何のことだ?」
とぼけて笑う姿につられ
の表情から少し陰りが消える。彼が何を恐れているのか分からないが、任務に行く自分より表情が強張っているのがおかしくて肩の力が抜けた。
「
さん。これを持っててくれ」
「あ、ビブルカード」
「反応薄いなァ」
「いやぁ、俺、感情は後からじわじわくるタイプだから」
「初めて聞いたぞ」
けらりと笑った
の顔を見て心が凪いだのもつかの間、出立の時刻が迫っている。
「じゃあ、ちゃんとカウントしたら探しに行くよ」
「……貴方、おれを探すの苦手だからなァ」
「ロシナンテがかくれんぼが上手かったんだよ」
「
さん、俺もう行かなきゃ」
「あぁ、そうだな」
名残り惜しくも背を向けようとした腕を掴まれて無理やり腰を屈ませられる。突然の力に逆らえずたたらを踏むロシナンテを気にせず、細かな傷をこさえた両手がぐしゃぐしゃと髪をかき混ぜる。小さいころから全然上達しない、
渾身の『撫で』だ。
「ちょっと…!」
「お前はドジっ子だから心配だよ」
「……」
「ま、センゴクさんに海軍のいろはを叩きこまれたんだ。大丈夫だよ、ロシナンテ中佐。しっかりな」
「どっちなんですか」
いやらしい人だと思う。散々『兄』として心配し甘やかしような言葉をかけて、最後は『上官』として叱咤激励してくるのだから。
「もう行きますね」
「あぁ。『いってらっしゃい』」
「『行ってきます』」
かき回されてぐしゃぐしゃの頭のまま敬礼をする。
は船が見えなくなるまで見送っていた。
どうか探して