「悪いなァ急だったからあんまり片付いてない」
「職場はあんなに綺麗なのに何で家はこうなんだ……」
「人目がないとどうもなァ。昔はロシナンテもいたからちゃんと整頓できてたんだけど」
「そうだったなァ」

床に衣類や書類が落ちていれば転ぶし、高い所に物を積めば必ず崩す、食器も必ず同じところにしまわないと間違えたまま使ってしまう。とにかくロシナンテがドジっ子を発揮しないための対策が意図せず整頓された綺麗な家を生み出していたのだが、数年前にロシナンテが一人部屋に移ってからというものこの部屋は汚い。

「またロシナンテが戻って来てくれたらいいんだけどさァ」
「それは……」
「分かってるよ。任務があるもんな」
「……」

舌打ちが聞こえないように口はつぐんだが、顔に現れる不快感までは隠せなかった。「ちゃんと片付けるから怒るなよ」なんて的外れな慰めの言葉をかけられて首を横に振った。手伝おうと床に散らばっていた衣類を拾うつもりが、何故かそのまま前転して前に座っていたにかかと蹴りを食らわせる羽目になった。

「……ロシナンテ、もしかして俺の事嫌いか?」
「ちッ!違う!おれは、ドジっ子なんだ!」
「ははっそんな威張るなよ~」

巨漢なロシナンテに潰された下でケタケタ笑うものだからその振動は当然上に乗っかるロシナンテにも伝わって、笑いが伝染してしまう。しょうもない事でずっと笑ってられるのが二人の『父親』譲りの物だとしたら、それはなんて幸せな事か。

「ロシナンテの髪いい匂いする」
「あんたが用意したシャンプーだろう。同じ匂いがするよ」
「あぁ、うちの風呂壊れてるって言い損ねたからな。それにしてもロシナンテ、よく鍛えてるなァ、いい身体だった」
「なッ……!?死ね変態ッ!!」

ボンッと顔が熱くなったのは銭湯での逆上せをまた引きずっているからだ。赤くなった顔を隠すようにドカドカ照れ隠しパンチをお見舞いしてやる。いつの間にかロシナンテの下から抜け出たは突然の攻撃に咽ながらもようやく夕食の支度を始めた。顔の熱が取れるまで手伝わないと拗ねてみたが、どうやら家主からしたらありがたい宣言だったらしい。悔しさでドンと床に拳をぶつけたら、乱雑に積まれた本が落下してきた。




「ロシナンテ、ロシナンテ」
「………ん」
「全く、ご飯食べてすぐ寝るなんて、太るぞ」
「……ぁあ」

が作ったご飯を食べて勧められるままに酒も飲んだ。普段はある程度自制も効くのだが、やはり『家族』相手だと気が緩んでしまうのだろう。起きろと声をかけられても曖昧な声を出すだけで動く気配はない。

さんが運んでくれよ……」
「しょうがない奴だなぁ」

呆れたような口ぶりでも、やっぱりその瞳は慈愛に満ちていて、酒に酔ってふやけた頭にその笑顔と甘ったるい声は猛毒だ。ストッパーが外れたように甘えたことを口にする自分に頭の隅にわずかに残った理性が黙ってくれと悲鳴をあげているのに、その理性すら黙らせるのだ、この男の手は。


「おやすみ、ロシー」

どうやってベッドまで来たのかも分からない程アルコールで浮かれた頭が最後に拾ったのはめったに呼ばれない自分の愛称。
あぁそうやって、自分が返事できないときばかりそう呼ぶんだ。
文句の一つでも言ってやりたかったのに、優しく頭を撫でる手と干されたばかりのふかふかな布団によって即寝てしまった。


   ***

「おはようロシナンテ」
「……おはよう」
「なんだ、むっつりして。あ、二日酔いか?昨日随分飲んでたもんなあ」
「分かってるならもう少し静かに……イテテテ」
「やっぱり今日休みとっておいて良かったな」
「アンタまた勝手に人のシフトを……」
「俺じゃなくてセンゴクさんだ。大将権限を乱用してるよな」
「あぁ……」

目の前の鈍感男よりも多少はロシナンテの『慕っている』気持ちを察しているセンゴクの気遣いに恥ずかしくもあり、やはりありがたかった。もう少しこうやって二人でいられるのだから。歩くたびにズキズキ痛む頭を片手で支えながらダイニングテーブルへ向かう。それと同時にがロシナンテの差し出したコーヒーは本部のそれと違って香り高く、牛乳の色と相まって薄まった茶色をしている。が好んで飲むカフェラテだ。二日酔いにはコーヒーがいいらしいぞ、という口ぶりからしてロシナンテがこうなることを予想していたのだろう。当然のように飲みやすい温度温められているカフェラテを飲むロシナンテの前でやはりはにこにことしている。

「なんだよ」
「え?あぁ笑ってた?俺秘密事苦手みたいだなぁ」
「『秘密事』?」
「あぁ。やっぱりさ、折角だから形に残る贈り物もしてえなァって思ってさ」

休みの日でもフォーマルな恰好を好むの胸ポケットから取り出された一枚の紙がただのメモ用紙でない事はお互いの立場上すぐに分かる。分かるからこそ、この紙の貴重さも知っていた。

さん。これ……」
「あぁ。俺のビブルカードだ」

紙の一片だけが手で千切ってあるところを見るとセンゴクにも渡してあるのだろう。『もっと高いと思ったがこのサイズなら俺でも買えたぜ』なんて笑って言うは、ロシナンテが心音を聞かれないかひどく緊張していることも知らず申し訳なさげに眉を下げてすまんな、と言う。

「潜入任務に私物を持ち込むのは厳禁だと分かっちゃいるが、他にいい物が思いつかなくてな」
「……」
「一人じゃ寂しいだろうから俺の代わりにカードでもって思ったけど、まぁ置いてってくれてもいいし──」
「持ってくに決まってんだろ!」

の言葉をかき消すように叫んだ声が偉く頭に響いてそのまま机に突っ伏した頭を、これまた愉快げに笑ったに撫でられて、またしばらく顔があげられなくなってしまった。

「………ありがとう、さん」
「どういたしまして」

ちゃんと帰って来いよ、と言った声が寂しさと神妙さを含んでいるように聞こえたのは、気のせいではないと信じてもいいだろうか。
これだけは僕のもの
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