「そんな可愛いロシナンテが、今じゃ俺たちよりも背が高くなって、中佐にまで昇進だ。兄として鼻が高いよ」
「……
さん。いつまでも弟扱いはやめてくれ」
「何だよォ、俺が兄貴じゃ恥ずかしいか?俺だって一応海軍将校として───」
「そうじゃなくて!おれァもうガキじゃねェんだから甘やかすなっての!」
「怒るな怒るな。甘い物食べて機嫌直せ」
「だァから!」
年齢も在籍期間も、ましてや階級も下であるロシナンテがどれだけ失礼な態度を取ろうとも愉快げな態度が崩れないのは、脳裏に焼き付いた幼いロシナンテの影がちらつくからだろうが、まさかあの頃の自分に嫉妬してしまうとは今のロシナンテは思いもしなかった。
酒や煙草をやればロシナンテよりずいぶん小さいからだを伸ばして奪い取ってくるし、風呂上がりに下着姿で盛大に転んだ時は手を引っ張って、あまつさえ着替えや髪を乾かしてくる始末。この間の飲み会では上に散々飲ませられ歩く器物破損機となったドジっ子をおぶって家まで送ってベッドまで運び寝かしつけた。
そのたびに「子ども扱いするな!」と怒鳴ってはいるが、強く跳ねのけられないのはやはり喜んでしまう自分がいるからで。にこにこにこにこと暖かい笑顔を向けられるのが嬉しいからで。
こうして中佐に昇進したことを真っ先に報告に行くくらいには
を好いているのだが、彼からすれば『なつかれている』だけ。その好意はまったく伝わっていないのだ。
「どうしたんだ、ロシナンテ。そんなにむすっとして」
「してない」
「嘘つけ。何年一緒にいると思ってんだ」
カラリと笑って、顔にも出ていない心情を見透かすくせに肝心なところで鈍感だから参る。その大らかさがセンゴク譲りの物だとしたら同じ境遇の自分も人知れずにこの欠点を発症しているのではないか、気を付けよう。そんな反面教師にされた元青年は何も言わずじっと見下ろしてくる弟分の手をぎゅっと握った。
「……ッ!?」
「ロシナンテ。……センゴクさんから、こっそり教えてもらった。しばらく本部を離れるんだろ?」
「………えぇ」
「寂しくなるな」
「……そんなことないでしょう」
“あなたは”そんなことないでしょう。
喉につかえて吐き出せなかった一語がずっと喉に張り付いて締め付ける。今すぐこの場を離れたいが、握られたままの左手がそうはさせない。昔からずっと、何でもないところで転んでしまうロシナンテを気遣って握られた手だ。
「よし!昇進祝いを兼ねて何か一つ、わがままを聞いてやろう!」
「わがままって……成人した男に向けて言う言葉じゃないだろ」
「まァそう言うなって。お互い忙しくてあまり時間取れなかったし、こういう時くらい甘えてほしいアニゴコロだと思って」
「兄心ね…」
復唱した言葉にずんと胸が重くなったが、せっかくの機会だ。浮つく心を悟られないよう息を吐いてそれじゃあと考える フリ をする。その実、お願い事なんて決まっているのだが、即答してしまうのは少し恥ずかしいものがあった。
「じゃあ、昔みたいに、
さんの家に泊めてくれ」
「………」
「……嫌なら別に──」
「嫌なわけあるか!!え、それだけか?俺だって一応高給取りだしもっと贅沢なお願いとか」
「いい」
何を提示されても子供のように首を横に振って拒否する姿は遠目に見れば幼いころの二人と変わらない。ついに根負けした
が眉を下げて笑い後で迎えに行くよ、と言った。
(おれがドジ踏んで仕事が片付くのが遅くなって……手も鼻も真っ赤にしながら、やっぱり笑って迎えてくれたんだよなァ……)
背中は雪のせいで冷たいのに、殴られた頭から流れる血はとても熱い。こんな時にあんな思い出が頭を過るのはちぐはぐな感覚のせいで脳がマヒしているのだろう。そうに違いない。走馬燈を見るには、まだ早いのだから。それ以外に思い出す理由なんて、ないのだから。
たいせつな苦みなので