この日、ロシナンテは焦っていた。
焦っていた、なんて一言で済ませられないほど脳内は混乱状態だったのだが、唯一の救いはセンゴクが持たせてくれた携帯電伝虫が左腕ですやすやと寝息を立てていることだろう。これさえ持っていればいざという時助けが呼べる。そう思えばいくらか安心することができたが、それと同時に情けなくもなった。誰かに助けてもらうことを前提に考えていては、立派な海兵にはなれないじゃないか。
ツンと痛くなる鼻の頭を手でこすって誤魔化して、小さな足で本部の廊下をパタパタ駆ける。周囲の大男達の太い足は怖いけれど、最近では竦んでしまう程ではなかった。散々迷子になった本部もあの頃よりもどこに何があるのか分かるようになった。どれもこれもずっと傍にいて色々と教えてくれたのおかげなのだが、今はその男の姿はない。
数日前に「超巨大かくれんぼをしよう」と言ってそのまま姿を消してしまったのだ。



「超巨大だからな。ロシナンテは明日のお昼まで俺を探しちゃだめだ。センゴクさんの部屋でいい子にしてろよ」
「はい!じゃああしたのお昼ごはん食べてからさがしていいんですね!」
「ふっふ。範囲が広いからな。この地図に書いてある場所は全部探していいぞ」
「ほんとうにひろい……」
「そうだなァ。探し始めてから2日寝ても見つからなかったら、ロシナンテは降参したってことで出てくるよ。それまではロシナンテが泣いたって出てこないから、頑張って探せよ」
「はいっ」



そんな話をしながらセンゴクの部屋でおかきを食べたのは4日前の午後だ。今日は『こうさん』の日のはずなのに、夕方になってもはロシナンテの前に姿を現さなかった。約束と違うとセンゴクに泣きついたのは『飽きるよなァ』と言っていたカレーを一人で食べて寂しくなったからだ。
いつもは何を言ってもおおらかなセンゴクが顔を曇らせたのを見て嫌な予感がした。海軍に引き取られてからは感じることも無くなった胸を埋めるザラザラとした不快感がぶくりと湧き出てきた気がして怖気を震った。
そんなロシナンテを見かねたのか、大きな体をかがめてそっと耳打ちしたセンゴクの言葉に今度こそ顔色を失ったロシナンテはそのまま焦ってセンゴクの部屋を飛び出て。
そして冒頭に至る。


……っさん!!ブヘッ!!」

ようやくたどり着いた医務室の前で扉を開けることもせずにそのままの速度で突っ込んだせいでバチンッと顔からぶつかってしまう。何度ドジをしても笑って手を差し出してくれるはここ最近ずっといない。今日には会えると思って我慢していたのに、まさか怪我をして戻れずにいたなんて!

「ありゃあ…ロシナンテ、大丈夫か?」
ざぁ゛ん゛…!!」
「おいで、ロシナンテ」

扉にぶつかる音に気付いたのか、ロシナンテがゆっくりと立ち上がる間に医務室の扉は向こうから開かれ、待ち望んだ男の声がした。

「おぉおぉ、鼻血出ちまったか。すみません、綿もらえますか」
ざん!」
「うをっ」

ぶつけた顔面は痛いし鼻血は止まらないしで最悪だが、何より最悪なのはの変わり果てた姿だった。骨折した右腕は包帯に吊られ、車いすに乗っている。一目でわかる怪我人だ。
「あ゙ぁぁぁんッ!ざん゙!!」
「おいおい……まるで俺が死んだかのように泣くのはやめてくれ」
さんが!!帰っでごないがらぁ!」
「……約束守れずに悪かったな」

頭を撫でるのには不慣れな左手がロシナンテの柔らかな髪をかき混ぜてぼろぼろ零れ続ける涙を必死に拭う。もう訳が分からなくなったのか死なないでと連呼するロシナンテの声を聞いて何故だか目が熱くなったことは、本人とこっそりロシナンテの後をつけていたセンゴク以外に知る者はない。

「ごめんな、ロシー……」

「俺は『ロシナンテのお世話があるから遠征には行けません』って言ったんだよ」
「!? こら、!」
「でもセンゴクさんが『ロシナンテに嘘ついてでも行け』って言うから仕方なくな?」
「センゴクさんが……?」
!それは言うなと言っただろう!」
「センゴクさ……センゴク中将だって俺が怪我した事ロシナンテに言わないでって言ったでしょう!」

口約束を破られ、そこへ持ってきて泣いてるところを見られた意趣返しだと他言無用とされたことを口走る。小さなロシナンテを挟んで行われる口論はやかましかったが、久しぶりに三人でいることが嬉しくって、ロシナンテは鼻血を垂らしたままにっこりと笑った。
まよっているから手まねいて
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