今日も勝てなかったと頭をかいた青年はすうと大きく息を吸っておーいとはき出した。
「ロシナンテ、降参だ。出ておいでー」
「はいっ」
「いたいた。相変わらずかくれんぼがうまいな」
「へへ」
「おいで、ロシナンテ」
木の枝を利用して隠れていたロシナンテに腕を伸ばしそっと地面に下ろす。隠密行動が上手な海兵は出世するぞと笑い土や雑草を大量につけた頭をぐしゃぐしゃと撫で回した。あまりに力が強いから身体ごと振り回されバランスを崩してしまうが、勿論
が傍にいて転ぶことはない。ロシナンテよりもずっと大きな手がまだ細い腕を掴まえて転ばぬように支えているから。
「さて、お昼ごはんにしよう」
「……」
髪に隠れた目はまた怯え顔を青くして青年を見上げた。その目が意味することを知っているからこそ、安心させるためにまたひざを折る。目線を合わせるだけで恐怖が薄れることは同じ境遇にいた青年自身が一番よく知っていた。
「だぁいじょうぶ。食堂では食べないよ」
「ほんと?」
「あぁ。まぁ俺の個室だから狭いけど、いいかな」
「はい!いいです!」
ほっとしたように強張った体がほぐれ、子供は青年のスラックスを掴む。
この間まで青年が口を開くだけでびくびくとしていた子供はようやく慣れてくれたようだが、それでも他の海兵が近寄れば固まってしまうし、彼らが話しかけようものなら泣いてセンゴクの名を呼んだ。いつか俺の名前を呼んでくれたらなぁなんて的違いなことを考えながらロシナンテを抱き上げ食堂を出たのは記憶に新しい。
それ以降はなるべく人の集まるところを避けるようにしている。結果
の仕事は戦艦の掃除から子供の子守へとジョブチェンジだ。やっと海兵として役に立てると思った矢先の出来事に、青年がセンゴクに詰め寄ったの仕方のない事だろう。
「
さん、今日のお昼はなんですか?」
「残念ながらまたカレーだ。毎週金曜日はカレーだなんて飽きるよなァ」
「いいえ!おいしいからすきです!」
「そっか」
最近では子守も悪くないなんて思っているのだからその青年は相変わらず意志が弱いというか流されやすいというか。
とにもかくにも、同情の念を禁じ得ないこの子供に絆されてしまったわけで、センゴクもこうなることを見越して一人部屋への移動を命じたのだとすれば、つまりあの人は相当の策士であると、青年は誰にでもなく言いたい気分になった。
「じゃあ食堂から取ってくるまでここで待ってろよ」
「いっしょに行きます!」
「あのなロシナンテ、さすがにお昼ごはんを転んでぶちまけましたなんてされたら俺も怒るからな。ロシナンテは机を片付けておいてくれ」
「……」
「返事は?」
「……はい」
「よろしい」
くしゃりと撫でる手はやっぱり優しい。怒るなんて言ってたけどそういえばまだ怒られたことなんてなかったな。パタンとドアが閉められ一人きりになった部屋でそんなことを思いながら、書類の束に突っ込んで紙をぶちまけた。
「あぁあぁ」
「ご、ごめんなさい……」
「食事の前にまずは片付けだな」
戻ってきた青年は部屋の惨状を前にしても声を荒げず、持ってきた二つのトレイをはじに置いてズボンのポケットからハンカチを取り出し濡れた目を拭ってやる。怪我してないか、と言いながら体に触れる手が優しい事にもようやく理解して、最近は怯えずにその優しさを接受する。ドジっ子だなぁと笑う時に見せる八重歯が好きなのだが、それはロシナンテだけの秘密だった。
幸せをくれるらしい