25.嫌悪

3-0。それもかなり早いペースで試合は進行し、何度と繰り返されるベイルアウトの音声にお世辞にも古参のものとは思えなかった。
A級やB級の隊員がこぞって見に来るのだから余程いい試合が見れるのだろうと、野次馬のように集まっていたC級のギャラリーが姿を消した時には4-0。次の試合が最後だった。ギャラリーがそうであるように、太刀川本人もつまらないのか若干イラついた顔をしている。
この試合をあれだけ楽しみにしていたのだ。これは何か仕掛けるなという出水の読み通り、太刀川はに対して挑発だろうか、何か言葉をかけた瞬間、モニターからの姿が消えた。


「えッ?」

動いたのは太刀川の左腕だった。
動いた、と表現するのは若干の誤りがある。正しくは動かされたのだ。左手と、左腕があらぬ方向に曲がっているのは胴体から離れたからだ。
久々に落とされた腕に、珍しく入れた痛覚。普段の余裕さを含む涼しげな表情が歪むのも無理はない。
グラスホッパーを使い空中に逃げたところをバイパーが追う。ただの目眩ましだろうか、旋空弧月で相殺するには十分に容易な量しか飛ばされない。
他に何か仕込んでいるという読みまでは良かったが背後からもバイパーを飛ばしているとは想定外だった。防ぎきれなかった弾丸により左足に二ヶ所穴が空く。

「こりゃイテェな。ベイルアウ───」
「逃がすかよ」

グラスホッパーを勢いよく踏みつけ飛んで来るに口を塞がれたあげく、左手に持つスコーピオンが太刀川の脇腹をゆっくりと切り裂いた。玉狛第二の空閑遊真と並ぶ機動力で寄られては片腕の太刀川に防ぎきる事は難しい。
腹の痛みを感じながら溢れるトリオンを悔しそうに睨んでるうちに、久しく聞かなかったトリオン漏出過多の警告が鳴り響く。

「いきなりデカいとこ削りすぎた」

耳元でぼやきを聞いた。その後すぐに右耳が鋭い熱を帯びたのは削がれたからだと塞がれた口で舌打ちを打った。
は瞳孔の開いたままニヤリと笑う。グラスホッパーを右肩に深く食い込ませそのまま重力で落ちるより早く地面に叩きつける。舞い上がる砂ぼこりに乗じて太刀川は姿を消した。
このまま逃げていればじきにトリオン漏出過多でベイルアウトだが、あそこまで“荒れた”がこのまま見逃すとは到底思えなかった。



「分かりませんよ」

足音か影か、十分気を付けたつもりがやはり見つかってしまう。

「どうして自分がここにいるのか」

『お前、何のためにまだ生きてるんだ?』

言い過ぎたな。刃物が首の皮を破るときに懺悔と後悔をするのでは後の祭りだ。
軽く、とても軽く。
頭は飛んでステージから太刀川は姿を消した。


「……嘘だろ」

たかが一本、されど一本。あの太刀川から一本取るというのがどれ程の事かはここにいる全員が知っている。

そしてその中の一部の者は、が、相手を一撃で仕留めるという自分の中の縛りを破ったことにも驚いた。それも痛覚を残した相手に対してこうもいたぶるなど、これではよほど───

「慶が地雷を踏み抜いたのね」

冷めた、見下すような、蔑むような視線でモニターを見上げていた小南が吐き捨てる。出水たちの視線を無視して、それ以上は興味がないという風に本部からの出口へ向かう小南は少しだけ悲しそうな顔をしていた。

「う~ん、よし。、もう一本やろう」
「……いいですよ。その代わり痛覚も今と同様入れといてくださいね」

泣いても止めませんから。煽りでも脅しでも強がりでもない、これは宣言だ。焚き付けるためとはいえ冗談では済まされない事を口にしてしまったのだ。太刀川とて反省はしているが、それ以上に相手を上手く乗せられた事への興奮が勝っているのだから救えない。

「ハハ……、あーイテェ。確かにこっちのがスリルは味わえるな」
「『スリル』?……太刀川隊長、アンタ本当、私を怒らせるの上手だよね」

昔から。


言葉を吐き捨てるのと同時に背後に無数のキューブが現れる。一つ一つはとても小さい。速度に全振りしたのだろう。これだけの量が一度に自分へ向けて飛んでくれば間違いなく針のむしろになる。久々に感じる鳥肌を味わう間もなく近くのビルを両断し壁を作った。

「数打ちゃ当たる」

その言葉通り、太刀川の旋空弧月をもってしても全てを排除することは叶わなかった。肩と足の甲に一発ずつ被弾したのだが、の予想を遥かに上回る回避率に舌打ちをする。

「なんだ、前より性能が落ちたんじゃないか?」
「卑下すんなよ。太刀川隊員の腕があがったの」
「太刀川"隊長"な。情報はアップデートしてがないと」
「どっちでもいい」

の戦い方はまるで力を得た子供の喧嘩そのものだ。ただ真っ直ぐに相手を攻める。知性も技術も感じない戦い方はC級隊員のようなのにそれでもすぐに決着がつかないのはトリオン量からくるものだ。トリオン消費度外視の武器の入れ替えやアステロイドの量や大きさ、どれも普段見る戦いとは規模が違う。


「大嫌いだ」

太刀川は両足首と右腕を、は左半身と右目を失いながらもが馬乗りになる姿勢で組み合っていた。

「大嫌いだ。なんであんたは、あんたらは、今でも何食わぬ顔でここにいる。ヒーロー扱いされて、たくさん、人に囲まれて……っ私よりも弱いくせに……!」
「妬むのはお門違いだろ。もし逆の立場だったとしても俺は今と変わらずここにいるぜ」
「……そうかもね。アンタは、強いから」
「弱いって言ったり強いって言ったり。矛盾してるな」
「はぁ……そうですね。私は冷静じゃないし、アンタとは分かり合えない」
「そうだな。そういう話をしたいなら俺じゃなくて──」

サクリ。

言葉を遮るように、のスコーピオンが太刀川の胸を貫いた。

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